飯倉熊野神社・参拝ショートストーリー

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八咫烏が教えた道

「蒼井、こっちで合ってる?」

「合ってる」

「ほんと?」

「三回目だぞ、その質問」

赤羽橋駅を出てから、チーコは三度スマートフォンの地図を確認していた。

右肩にはカメラバッグ。首から一眼レフ。歩くたび、レンズキャップが胸元で小さく揺れる。

「だって、この辺、坂と大きな道が多いんだもの」

「飯倉熊野神社まで数分だ」

「数分で迷う人もいるの」

「それは才能だな」

「褒めてないでしょ」

桜田通りを歩いていると、ビルの谷間から東京タワーの赤白の姿が見えた。

チーコは立ち止まる。

「待って」

「今度は何だ」

「東京タワーと街路樹、いい感じ」

「神社へ着く前に撮影を始めるな」

「こういう予定外の一枚が大切なの」

「予定が崩れる原因でもある」

それでも蒼井は立ち止まった。

チーコがファインダーを覗く間、何も言わず、道路側へ少し立って人の流れを避けてくれる。

その動きも大学時代から変わらなかった。

数分後。

「あった!」

石鳥居の向こうに、小さな階段と社殿が見えた。

飯倉熊野神社。

都会の幹線道路のすぐそばにありながら、鳥居をくぐると空気が少しだけ柔らかくなる。

チーコは階段の下でしゃがみ込んだ。

「鳥居、階段、拝殿。全部入る」

「道路にはみ出すなよ」

「分かってる」

シャッター音。

もう一枚。

さらに一枚。

「チーコ」

「なに?」

「後ろ」

振り向くと、鳥居の意匠の中に八咫烏がいた。

「三本足」

「熊野の神使だ」

「神武天皇を導いた鳥よね」

「ああ」

チーコはすぐにレンズを向けた。

「じゃあ今日、私をここまで連れてきたのも八咫烏?」

「俺だ」

「夢がないなあ」

「駅から案内したのは俺だからな」

参拝を終えると、二人は授与所を眺めた。

チーコが最初に見つけたのは、サッカー御守だった。

「かわいい」

「サッカーをしないだろう」

「持ったら駄目なの?」

「駄目とは言ってない」

「勝利へ導いてくれるんでしょ」

「何に勝つんだ」

チーコは少し考えた。

「締め切り」

「まず早く仕事を始めろ」

「朝寝坊」

「早く寝ろ」

「食欲」

「それは勝たなくていい」

「蒼井に」

「何の勝負だ」

チーコは笑いながら御守を戻した。

その横には、八咫烏をあしらった授与品が並んでいる。

「ねえ」

「何だ」

「八咫烏って、目的地まで連れていってくれる神様じゃないのよね」

「神使だ。それに、自分で歩く必要はある」

「方向を示してくれるだけ?」

「そういう意味ではな」

チーコは少し黙った。

「それなら、蒼井みたい」

「俺が烏か」

「そこじゃなくて」

チーコは境内の向こうを見た。

「私が勝手にあっちへ行ったり、こっちへ行ったりしても、ちゃんと戻る方向だけ教えてくれる」

蒼井は返事をしなかった。

チーコが振り向く。

「何?」

「自覚はあるんだな」

「何の?」

「勝手にあっちへ行ったり、こっちへ行ったりしている自覚」

「そこを拾う?」

「重要だ」

チーコは頬を膨らませた。

帰り際、もう一度鳥居の前で立ち止まった。

東京タワー。

走る車。

石鳥居。

その中にいる八咫烏。

チーコはカメラを構える。

「蒼井、先に歩いて」

「また俺を入れるのか」

「大きさ比較」

「前も聞いたぞ、それ」

「今回は方向比較」

「何だ、それは」

「いいから」

蒼井が鳥居を抜ける。

その後ろ姿と、八咫烏が同じフレームに入った瞬間、チーコはシャッターを切った。

「撮れた」

「何が」

「道しるべ」

「八咫烏か」

チーコはカメラを胸元へ抱えた。

「両方」

「両方?」

「こっちの話」

蒼井は首を傾げたが、それ以上は聞かなかった。

二人は再び麻布台の街へ歩き出した。

先を歩くのは蒼井。

少し遅れて、写真を確認しながらついていくのがチーコ。

そして、そのずっと後ろで。

石鳥居の八咫烏は今日も、迷う人たちの行く先を、静かに見つめていた。