第4話 弁財天に願わなかったこと

宝珠院、TeamKeroバックオフィス担当ケロ
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まゆみさんの資料

近藤君とまゆみさんが作る資料には、二人の性格がよく出る。

近藤君の写真番号は途中で一つ飛び、代わりにレンズの焦点距離が細かく書かれている。まゆみさんの一覧は、所在地、拝観時間、御本尊、見どころが同じ幅で揃い、最後に確認先まで記されていた。

表紙には、宝珠院。

増上寺の塔頭で、東京タワーの下、芝公園にある浄土宗の寺。開運出世大辨財天、高さ約二メートルの閻魔大王像、弁天池、薬師如来、三すくみ。

私は一行ずつ読み、三すくみの文字で手を止めた。蛙、蛇、なめくじ。三者が互いに得意と不得意を持ち、勝ち切れない関係だという。

妻なら、きっと面白がっただろう。

そう思ったあとで、絵葉書を手帳から出した。

〈宝珠院の弁天さまにも寄りたい〉

第3話の帰りに見つけた、妻の小さな文字だ。

私たちは、宝珠院へ行ったことがある。

ところが、その日の記憶はひどく曖昧だった。妻が池のほとりに立っていたこと。白い紙を手にしていたこと。そして、その紙に何も書かなかったこと。

何を書こうとしていたのか。

私は長い間、一つの答えを当てはめていた。

雲の低い日

妻の体調に、小さな変化が出始めたころだった。

大きな病気だと決まったわけではない。検査の予定が一つ増え、薬の袋が少し厚くなり、階段の途中で立ち止まることがあった。

私たちは、どちらも不安を口にしなかった。

「今日は雲が低いな」

私が言うと、妻は東京タワーの上を見た。

「雲が降りてきたのかしら」

「気温と湿度の関係だろう」

「また説明する」

「事実を言っただけだ」

「では、事実として、少し休みましょう」

妻は弁天池のそばのベンチへ座った。疲れたとは言わなかった。私も聞かなかった。

あのころの私たちは、相手を心配させないことが、相手を思いやることだと信じていた。

宝珠院で、願い事を書く白い紙を受け取った。何のための紙だったのか、今は正確に思い出せない。だから、寺の習わしだったとは書かない。夫婦の間に残った白い紙としてだけ、覚えている。

「何を書く?」

私が尋ねると、妻は筆記台の前で首を傾けた。

「あなたは?」

「商売繁盛」

「迷いがないのね」

「君は健康だろう」

妻の指が止まった。

ほんの一瞬だった。

「そうね」

彼女は笑い、紙を二つ折りにした。

「書かないのか」

「今日は、いいわ」

「せっかく来たのに」

「願い事がないのは、幸せなことでしょう」

そう言って、白い紙を鞄へしまった。

私は納得したふりをした。妻も、納得させたふりをした。

弁天池の前で

十月下旬、雲の低い昼に、私は一人で宝珠院へ向かった。

都営大江戸線の赤羽橋駅から歩いて約五分。宝珠院は東京タワーの足元、弁天池のそばにある。

寺は貞享二年、西暦一六八五年、増上寺第三十世の霊玄上人によって、蓮池の弁天堂建立と同時に開創された。御本尊は阿弥陀如来。徳川家康が所蔵したと伝わる開運出世大辨財天と、港区指定文化財の閻魔大王像が祀られている。

弁財天は港七福神の一尊でもある。境内には蛙、蛇、なめくじの三すくみがあり、すぐ隣には、かつて蓮池やゆりが渕と呼ばれた弁天池が残る。

池の水面は、低い空を鈍く映していた。

私は、妻が書かなかった白い紙を思い出した。

病気平癒。

長い間、それが妻の願いだったのだと決めつけていた。自分の体の変化に気づき、怖くなり、それでも私に言えず、紙にも書けなかった。そういう物語を、私は一人で作った。

筋は通る。だからこそ危うい。

あの日の妻は、まだ病気の正体を知らなかったかもしれない。私の仕事のことを願おうとしたのかもしれない。家族のこと、誰か別の人のこと、あるいは本当に何も願わなかったのかもしれない。

分からない。

亡くなった人の沈黙は、残された人が好きな言葉を入れられる空白ではない。

私は、弁財天の前で手を合わせた。

妻の願いを教えてくださいとは願わなかった。

分からないままでも、あの日の妻を覚えていられますように。

それだけを、心の中で言った。

言葉にできなかったもの

参拝を終え、弁天池のまわりをゆっくり歩いた。

妻は「願わなかった」のではないのだろう。

願いがなかったとも、病気平癒を願ったとも決められない。ただ、言葉にするには早すぎたのかもしれない。

願いは、口にすれば形を持つ。形を持てば、それが叶わない可能性まで見えてしまう。

白いまま折り畳むことでしか、持っていられない願いもある。

そう考えたが、それも答えではない。

私は、答えらしい文章を作りかけて、心の中で消した。

池の向こうで、親子が三すくみの像を見つけた。子どもが蛙を指さし、父親が蛇を探す。なめくじが見つからず、二人で同じ場所を行ったり来たりしていた。

妻がいたら、先に見つけてしまうだろう。

「あなた、ここにいるじゃない」

そう言って、蛙の代わりに私を指さすかもしれない。

思わず笑った。

悲しい記憶の中に、笑える妻が戻ってくる。それは忘却ではなく、記憶が一つの色だけではなくなることなのだと思った。

先延ばしにしない返事

スマートフォンが震えた。近藤君からだった。

〈オーナー、相談があります。中古のカメラを買いたいのですが、仕事用機材として一部補助をお願いできますか。急ぎませんので、時間のあるときにお願いします〉

いつもの私なら、資料をそろえてから話そうと返しただろう。そして忙しさに紛れ、数日置いた。

若いころから私は、迷うことを慎重さと言い換える癖がある。

今回はその場で電話をかけた。

「近藤君。機種と金額は決まっているのか」

『候補が二台あります』

「今日中に送ってください。明日の午前中に返事をします」

『え、今日でいいんですか』

「急がないと言われると、私は本当に急がないからね」

電話の向こうで、近藤君が笑った。

『では、急いで送ります』

答えが出ていないことと、考えることを先延ばしにすることは違う。

妻の願いは分からないままにする。近藤君の相談は、明日までに判断する。

分からなさを受け入れることは、何も決めないことではない。

白い紙を残す

帰宅して、手帳を開いた。

銀杏の葉。東京タワーの絵葉書。その次の頁に、白い紙の記憶を書いた。

〈妻は、願いを書かなかった〉

そこで一度、ペンを止めた。

〈理由は分からない〉

それだけを書き足した。

病気平癒だった。私を心配していた。怖くて書けなかった。どれも書かなかった。

分からないことを、分からないまま残す。以前の私なら、それを途中の文章だと思っただろう。今は、これで一つの記録だと思える。

頁を閉じる前に、妻の鞄から出てきた小さな包みを思い出した。

芝大神宮で受け取ったものだった。

妻はその包みを、長い間、開けずにしまっていた。

私は手帳の次の頁に、寺ではなく神社の名を書いた。

芝大神宮。

宝珠院の基本情報

所在地 東京都港区芝公園4-8-55
交通 都営大江戸線 赤羽橋駅赤羽橋口から徒歩約5分 都営三田線 芝公園駅A4出口から徒歩約7分
参拝案内 9時から17時
宗派 浄土宗 増上寺塔頭
御本尊 阿弥陀如来
特徴 開運出世大辨財天 閻魔大王像 港七福神の弁財天 弁天池 三すくみ
参拝時間、御朱印、授与品、行事は変更される場合があります。参拝前に宝珠院公式サイトで最新情報をご確認ください。

出典と確認日

増上寺塔頭 三縁山宝珠院 公式サイト
https://hoshuin.jp/
所在地、宗派、阿弥陀如来、開運出世大辨財天、閻魔大王像など。サイト確認日 2026年9月24日。

宝珠院公式サイト 宝珠院について
https://hoshuin.jp/about/
1685年の開創、増上寺第30世霊玄上人、弁天池、開運出世大辨財天、閻魔大王像。サイト確認日 2026年9月24日。

港区観光協会 VISIT MINATO CITY 宝珠院
https://visit-minato-city.tokyo/ja-jp/places/505
所在地、参拝案内、各駅からの徒歩時間、港七福神、文化財。サイト確認日 2026年9月24日。

宝珠院公式サイト 御朱印とお守り
https://hoshuin.jp/goshuin/
通常・季節・まめ御朱印、弁財天護符などの案内。サイト確認日 2026年9月24日。

物語内のケロ、亡き妻、Teamケロの会話と出来事、願いを書かなかった白い紙はフィクションです。社寺に関する事実は上記公式情報を基にしています。