小さな包み
チーコと蒼井の企画書は、写真より先に文章が目に入る。蒼井の資料は結論が早く、チーコの写真は結論を急がない。二人で一つの仕事をしているのに、同じものを見てはいない。その違いが、かえって企画書を読みやすくしていた。
表紙には、芝大神宮。
平安時代の寛弘二年、西暦一〇〇五年に創建され、天照皇大御神と豊受大御神を祀る。江戸では『関東のお伊勢さま』として信仰を集めた、とある。授与品の頁には、芝大神宮だけの名物である千木筥も紹介されていた。衣服が増える縁起から、現在では良縁や幸せな結婚につながる縁起物として知られるという。
その一文を読んだとき、前の晩から机に置いたままの小さな包みが気になった。
妻の遺品箱から出てきたものだった。薄い紙は黄ばみ、芝大神宮の名がかすれている。妻はそれを長い間、開けずにしまっていた。私も見つけてから開けられなかった。
宝珠院から戻った夜、私は包みを机に置いた。白い紙の願いを、分からないまま残した日の次に、また開けられないものが現れた。
翌朝、封をほどいた。
中には、小さな御守りが一つ入っていた。
妻の物ではない。私の物だった。
裏に、私が若いころ自分で書いた小さな印が残っていた。二つ選んだはずなのに、一つしかない。その事実だけで、胸の中に空いた場所の輪郭が急にはっきりした。
二つ選んだ日
夫婦で芝大神宮を訪れたのは、晴れた午前だった。結婚して何年目だったかは、もう正確に思い出せない。仕事の予定ばかり覚えていたころで、妻に言わせれば、私は休日まで手帳に管理されていた。
授与所の前で、妻が二つの御守りを見比べた。
「同じものを二つにする?」
「一つでいいんじゃないか。家に置くなら」
「持つのよ」
「誰が」
「二人とも」
妻は当然のことのように言った。私は値段を見て、二つ分を出した。そういうところが、当時の私には愛情表現だった。
「あなたの分は、私が持っておく」
「それでは私の御守りにならないだろう」
「なくすでしょう」
「なくさない」
「前のお守りは?」
私は黙った。妻が笑った。
二つの御守りは、別々の紙に包まれた。妻は私の分を自分の鞄へ丁寧に入れ、自分の分はすぐに取り出せる内ポケットへ収めた。
石段を下りてから、妻は何度も鞄へ手を当てた。御守りがそこにあるか確かめていたのだと思う。
「そんなに心配なら、私が持とうか」
「あなたに渡す方が心配」
「信用がないな」
「信用と忘れ物は別の問題です」
妻はそう言い、昼食の店を探し始めた。私は少し不満だったが、その不満さえ、今では戻れない一日の手触りになっている。
私には、その二つが夫婦の証明のように思えた。同じ日に、同じ場所で、同じ形の物を持つ。それが続くかぎり、二人は一つなのだと、どこかで考えていた。
一つ足りない
私は遺品箱をもう一度調べた。布袋、古い手帳、写真の封筒、使わなくなった鍵。箱の底まで指を入れたが、妻の御守りはなかった。
別の鞄だろうか。入院の荷物に紛れたのか。どこかでお返ししたのか。それとも、私の知らない日に手放したのか。
答えは出ない。
第4話の白い紙で、分からないことを勝手に埋めないと決めたはずだった。それでも私は、一つだけ残った御守りを前にすると、都合のよい説明を探し始めた。
妻は最後まで自分の分を持っていた。
私の分だけは、私に返そうとして取っておいた。
二つのうち一つを、未来の私へ残した。
どれも美しい。美しすぎるから、たぶん記憶ではない。
私は包みを閉じ、チーコと蒼井の企画書へ短い返事を送った。
〈芝大神宮の企画、進めてください。授与品は現地で最新情報を確認すること〉
蒼井からすぐに了解の印が返ってきた。チーコからは、少し遅れて写真が一枚届いた。晴れた空の下、石段の先に社殿が見える。
私はその写真を見て、仕事とは別の日に行くことを決めた。
関東のお伊勢さま
十一月上旬の午前、大門駅のA6出口から地上へ出た。芝大神宮までは歩いて一分ほどだった。浜松町からも近く、周囲には出勤する人と旅行鞄を引く人が交じっている。
石段の下で立ち止まり、私は上を見た。妻と来た日の空も晴れていた。だが、同じ青ではない。
芝大神宮は、天照皇大御神と豊受大御神を主祭神とする。古くは飯倉神明宮、芝神明宮と呼ばれ、江戸時代には徳川幕府の保護を受け、関東一円から崇敬を集めた。千年を超える歴史を持ちながら、今はオフィス街の時間の中にある。
私は一つ残った御守りを上着の内ポケットに入れてきた。新しい御守りを受けるか、古い物をお返しするか、決めるつもりだった。
石段を上るたび、胸元で小さく布が動いた。妻と来た日は隣から聞こえた足音が、今日は自分のものしかない。静かなのではなく、一人分だけ少ない音だった。
参拝を終えても、答えは出なかった。
授与品を眺め、財布へ手を伸ばしかけてやめた。新しい物で欠けた一つを補えば、二つに戻るわけではない。古い物を手放しても、夫婦だった時間が終わるわけではない。
境内の端で、私は御守りを掌に載せた。布は少し擦れ、紐は固くなっている。持ち歩くには、もう役目を終えているように見えた。
だからといって、無意味になったわけではなかった。
二つだから一緒なのではない
妻と言い争った日のことを思い出した。芝大神宮を訪れてから、いくらか後のことだ。
私の御守りが妻の鞄に入ったままだと知り、私は妙に腹を立てた。
「二つそろえて持つから意味があるんじゃないのか」
「そろっているでしょう。私が二つ持っているもの」
「そういう話じゃない」
「では、どういう話?」
「夫婦で一つずつ持つと決めた」
妻は鞄から私の包みを出し、テーブルへ置いた。
「二つだから一緒なのではないわ」
「何が言いたい」
「一緒にいたから、二つ選んだの。順番を逆にしないで」
私は言い返せなかった。妻は私の分を押しやり、自分の分を鞄へ戻した。
「これはあなたが持って。なくしたら、また私が笑うから」
結局、私は持ち歩かなかったらしい。妻の紙包みの中へ戻り、そのまま遺品箱まで来た。
二つの御守りが私たちを夫婦にしたのではない。二人で選び、言い争い、笑った時間が、御守りを夫婦の物にした。
一つが見つからなくても、その順番は変わらない。
見守る距離
石段を下りたところで、見覚えのある後ろ姿が二つあった。チーコと蒼井だった。取材日ではないと聞いていたが、次の撮影位置を確かめに来たらしい。
チーコがカメラを構え、半歩後ろで蒼井が通行人を避けるように立っている。チーコが後ろへ下がると、蒼井は何も言わず手を少し上げた。背中に触れず、そこに段差があると知らせる距離だった。
私は声をかけなかった。
二人の関係を、夫婦という言葉へ急いで入れる必要はない。若い二人には、若い二人の時間がある。近くにいるから同じものを見ているとは限らないし、同じ形を持たなくても、相手を気遣うことはできる。
チーコが振り返って何か言い、蒼井が首を横に振った。二人の言葉は聞こえなかった。聞こえないままでよかった。私が意味を決める場面ではない。
妻と私にも、他人には聞こえない会話がいくつもあった。夫婦であった証拠は、残った品物の数ではなく、誰にも説明しなかった小さなやり取りの中にある。
信号が変わり、私は二人と反対側へ歩いた。
内ポケットの御守りは軽かった。来るときより軽くなったのではない。私が、そこへ載せていた意味を少し下ろしたのだ。
持つ物から残す物へ
事務所へ戻り、遺品箱を開いた。
御守りを財布へ入れるのはやめた。毎日持ち歩いて、今も夫婦が二人そろっている証明にする必要はない。かといって、処分するつもりにもならなかった。
新しい薄紙に包み、箱の中へ戻した。
〈芝大神宮 二人で参拝〉
それだけを書いた。妻の御守りがどこへ行ったかは書かなかった。分からないからだ。
一つ残った物を、欠けた一組として数えるのをやめた。これは、二人で歩いた時間から残った一つだ。
机のパソコンに、新しい共有ファイルの通知が出た。蒼井が増上寺の写真を追加していた。秋の境内だったが、一枚だけ、過去の資料として春の桜が写っている。
妻と見た春の光に似ていた。
私は箱の蓋を閉じ、写真を開いた。
思い出をしまうことと、閉じこめることは違う。
その違いを、ようやく少しだけ分かり始めていた。
芝大神宮の基本情報
所在地 東京都港区芝大門1-12-7
御祭神 天照皇大御神 豊受大御神
創建 寛弘2年 1005年
交通 都営浅草線・大江戸線 大門駅A6出口から徒歩約1分 JR浜松町駅北口から徒歩約5分 都営三田線 御成門駅A2出口から徒歩約5分
特徴 関東のお伊勢さま 太良太良まつり 千木筥
授与品、御朱印、受付時間、祭礼日程は変更される場合があります。参拝前に芝大神宮公式サイトで最新情報をご確認ください。
出典と確認日
芝大神宮公式サイト 御由緒
https://www.shibadaijingu.com/goyuisyo/
創建、御祭神、旧称、関東のお伊勢さま、所在地、例祭日を確認。サイト確認日 2026年9月24日。
芝大神宮公式サイト 太良太良まつり
https://www.shibadaijingu.com/matsuri/
だらだら祭りの由来、千木筥、千木筥おまもりの由来と良縁の縁起を確認。サイト確認日 2026年9月24日。
芝大神宮公式サイト 交通案内
https://www.shibadaijingu.com/access/
所在地、大門駅・浜松町駅・御成門駅からの徒歩時間を確認。サイト確認日 2026年9月24日。
芝大神宮公式サイト
https://www.shibadaijingu.com/
御鎮座千年と最新情報を確認。サイト確認日 2026年9月24日。
物語内のケロ、亡き妻、Teamケロの会話と出来事、二つの御守りはフィクションです。芝大神宮に『夫婦で一組となる御守り』があるとは記述していません。社寺に関する事実は上記公式情報を基にしています。