六人の名前が並ぶ夕方
赤坂氷川神社の事前打ち合わせには、六人全員がそろった。チーコと蒼井、佐久間とヤヨイ、近藤君とまゆみさん。会議室の長机に、三組の資料が少しずつ重なっていた。
第8話で私がまとめた統合案を、初めて実際の取材へ移す。写真と映像、土地の物語、歩ける散歩ルート。違う視点を違うまま残す企画だ。
「縁結びというと、恋愛だけに見えませんか」ヤヨイが言った。
「家族や仕事の縁も入れたいです」まゆみさんが続けた。
佐久間は境内の木々を撮る案を出し、チーコは夕方の光を待ちたいと言った。蒼井は撮影の順番を組み、近藤君は地図へ駅からの道を書き込んだ。
私は六人の話を聞きながら、企画書の出席者欄を見ていた。六つの名前が並んでいる。それだけのことが、なぜか胸に残った。
「ケロさんは、どの縁を担当しますか」近藤君が尋ねた。
「私は裏方です。皆さんの縁が切れないように、日程と予算を担当します」
冗談のつもりだった。六人は笑ったが、私だけが少し遅れた。縁が切れないようにする。その言葉は、妻がいなくなってからの私には、簡単な仕事ではなかった。
打ち合わせが終わり、全員が帰ったあとも、会議室には椅子のぬくもりが残っていた。私は資料を片づけ、自分の机の一番下の引き出しを開けた。そこに、妻の住所録があった。
返さなかった便り
布張りの小さな住所録は、角が丸くなっていた。妻の字で、親族、友人、昔の同僚の名前が並んでいる。住所が変わるたびに線を引き、横へ小さく書き直してあった。
何人かの名前には、私にも覚えがあった。結婚式に来てくれた人。二人で食事をした人。妻が入院していたころ、季節の果物を送ってくれた人。
妻が亡くなったあと、手紙をくれた人もいた。私は礼状を書いた。たぶん、必要な数だけは書いた。それから先の便りには返事をしなかった。
何を書いても妻の死を説明する文章になりそうで、封筒を開くだけで疲れた。相手の近況を尋ねれば、自分も今の暮らしを答えなければならない。それが嫌だった。
連絡を絶った、とまでは思っていなかった。ただ、明日返そうと考えた日が積み重なり、名前だけが古い住所録に残った。
一つの頁に、妻の丸い字で〈年末、忘れずに〉とあった。誰に何を忘れないのかは書かれていない。その下に、愛宕という小さな文字と、昔の住所があった。
私は住所録を鞄へ入れた。翌日の木枯らしの夕方、仕事とは別に、一人で赤坂氷川神社へ向かった。
縁という言葉の広さ
赤坂駅を出ると、風がビルの間を抜けてきた。十二月中旬の夕方は、時計より早く暮れていく。坂を歩き、境内へ入ると、街の音が木々の外側へ一歩退いた。
赤坂氷川神社には、素盞嗚尊、奇稲田姫命、大己貴命の三柱が祀られている。公式の案内では、縁結びは男女の仲に限らず、友人、家族、仕事、子宝、学業など、さまざまな縁を結ぶものとされている。
縁という言葉は、私が考えていたより広かった。夫婦の縁だけを抱えて歩いていた私は、その広さの前で少し立ち止まった。
享保十五年、一七三〇年に徳川八代将軍吉宗の命で建立された社殿は、震災や戦災を免れ、建立当時の姿を伝えている。長く残るとは、何も変わらないことではない。周りの町も、訪れる人も、祈る内容も変わりながら、そこにあり続けることなのだろう。
私は参拝を済ませ、境内の木々の下を歩いた。鞄の中の住所録が、歩くたびに脇腹へ当たった。妻との縁は、死によって消えたのか。消えていないのなら、どこにあるのか。
答えを神社へ預けるつもりはなかった。私はこの散歩で、分からないことに都合のよい答えを与えないと決めてきた。けれど、問い方を変えることはできる。
妻との縁がどこへ行ったのかではなく、その縁から何が今へ残っているのか。そう考えると、住所録に並ぶ名前が浮かんだ。
年賀状が苦手な夫
妻は、十二月になると食卓へ住所録と年賀状を広げた。私は毎年、仕事が忙しいことを理由に逃げようとした。
「あなたの知り合いにも出すのよ」
「会社で会うから必要ないだろう」
「会う人に出してはいけない決まりはありません」
「何を書けばいい」
「元気です、とか」
「元気でない年は?」
「少し元気です、と書けばいいでしょう」
妻はそう言って笑い、私の前に万年筆を置いた。私は宛名を三枚書くと休み、妻は十枚書いても手を止めなかった。
「こんなに続けて、何になるんだ」
「続けているから、何かあったときに思い出してもらえるの」
「何もなければ?」
「何もなかったと知らせるのも、便りでしょう」
当時の私は、便りを情報だと思っていた。用件がなければ送る必要はない。妻は、便りそのものが関係を保つ小さな動作だと知っていた。
境内で住所録を開くと、風に頁がめくれた。私は親指で押さえた。妻の筆跡は、声ではない。こちらへ話しかけてもこない。ただ、彼女が誰かを忘れまいとして動かした線だけが残っていた。
その線の先にいる人たちから、私は自分で手を離していた。妻を忘れたくないという気持ちと、妻を知る人に会いたくないという気持ちを、同じ箱へ入れていた。
一人にだけ書く
事務所へ戻ると、共有ファイルに六人から書き込みが増えていた。チーコは光の向きを、蒼井は撮影時間を、佐久間は木々の構図を追記していた。ヤヨイは縁の種類を整理し、近藤君とまゆみさんは歩く順番を直していた。
私は全員へ返事をした。〈確認しました。当日はこの案で進めましょう〉。以前なら、それで仕事は終わりだった。
机に住所録を置き、便箋を一枚出した。愛宕と書かれた名前の人を選んだ。妻の古い友人で、私たち夫婦と一度だけ愛宕神社を歩いた人だった。現在の住所が同じかどうか、私には分からない。だからまず、住所録に挟まれていた古い手紙の差出人を確かめた。
何度も書き出しを変えた。妻が亡くなってから連絡を絶っていたこと。返事をしなかったこと。謝罪を長く書くほど、相手に返事を求める文章になった。
結局、短くした。
〈ご無沙汰しています。長い間、お便りをいただいたまま失礼しました。最近、妻と歩いた場所を一人で訪ねています。お元気でいらっしゃいますか〉
それだけでは足りない気がした。それ以上は言い訳になる気もした。私は最後に、〈お返事はお気遣いなく〉と添えた。
封筒を閉じる前に、妻の住所録をもう一度見た。彼女の字を写すのはやめた。宛名は、私の不格好な字で書いた。妻が結んだ縁を受け継ぐことは、妻の代わりになることではない。私が私の手で、もう一度つなぐことだった。
翌朝、出勤途中に手紙を投函した。赤いポストへ落ちた音は小さかった。何年も閉じていた時間が、それで一度に開くわけではない。返事が来る保証もない。
それでも、一人へ書いた。六人への業務連絡とは違う、用件のない便りを。
終わらない縁
妻との縁は、以前と同じ形では続かない。食卓で向かい合うことも、年賀状の宛名を押しつけられることも、もうない。その事実は変えられない。
けれど、妻と暮らした時間の中で結ばれた人まで、私が閉じる必要はなかった。妻を思うことと、生きている人へ手を伸ばすことは、反対ではない。
数日後、事務所に一通の封書が届いた。差出人の名を見て、私はすぐに開けず、湯を沸かした。妻なら、こういうときに限って急須を出しただろう。私はいつものマグカップに茶を注いだ。
便箋には、近況と、私の手紙を受け取って驚いたことが書かれていた。妻の思い出も、ほんの数行あった。最後の一行で手が止まった。
〈また愛宕の石段を上れますか〉
私は窓の外を見た。冬の空は明るく、事務所では六人が次の取材準備を始めていた。
すぐに答えは書かなかった。上れるかどうかは、行ってみなければ分からない。昔と同じ速さでは無理だろう。途中で休むかもしれない。
それでも住所録を引き出しへ戻さず、机の上に置いた。妻との縁は、私を過去へ縛る一本の糸ではなかった。彼女が大切にした人へ、今の私から伸ばし直せる糸でもあった。
私は新しい便箋を出した。今度の書き出しは、迷わなかった。〈行ってみようと思います〉。
赤坂氷川神社の基本情報
所在地 東京都港区赤坂6-10-12
御祭神 素盞嗚尊、奇稲田姫命、大己貴命
創祀 天暦5年(951年)と伝わる
御社殿 享保15年(1730年)建立。東京都有形文化財(建築物)
御神徳 厄除、縁結び、家内安全、商売繁昌
交通 千代田線赤坂駅5番出口、日比谷線・大江戸線六本木駅7番出口、南北線六本木一丁目駅1番出口、銀座線溜池山王駅12番出口
公式サイト掲載時間 開門6時、社務所受付9時から17時、閉門17時30分
受付時間、行事、授与品、御朱印などは変更される場合があります。参拝前に赤坂氷川神社公式サイトで最新情報をご確認ください。
出典と確認日
赤坂氷川神社公式サイト『赤坂氷川神社について』
https://www.akasakahikawa.or.jp/about/
御祭神、御神徳、創祀、現社殿の造営、東京十社、文化財、開門・受付・閉門時間を確認。サイト確認日 2026年9月25日。
赤坂氷川神社公式サイト『縁結び』
https://www.akasakahikawa.or.jp/destiny/
縁結びが男女だけでなく、友人、家族、仕事、子宝、学業などの縁を含むことを確認。サイト確認日 2026年9月25日。
赤坂氷川神社公式サイト『境内案内』
https://www.akasakahikawa.or.jp/about/precinct/
1730年建立の御社殿、境内社、境内の特徴を確認。サイト確認日 2026年9月25日。
赤坂氷川神社公式サイト『交通案内』
https://www.akasakahikawa.or.jp/access/
所在地、利用可能な地下鉄駅と出口を確認。サイト確認日 2026年9月25日。
物語内のケロ、亡き妻、Teamケロの会話と出来事、妻の住所録、手紙の相手はフィクションです。神社に関する事実は上記公式情報を基にしています。