第6話 桜のない季節に

増上寺、TeamKeroバックオフィス担当ケロ
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窓の外は十一月

蒼井が共有フォルダへ入れた映像は、春の増上寺から始まった。三解脱門の向こうで桜が揺れ、画面の端を観光客の白い帽子が横切る。チーコの写真には、花越しの大殿と東京タワーが収まっていた。二人が取材したのは秋だが、季節比較の資料として過去の素材を添えたらしい。

映像を止めると、事務所の窓の外で葉が一枚落ちた。十一月中旬。現実の木は、枝を見せ始めている。

私は春の画面と秋の窓を、何度か見比べた。妻と増上寺へ行った日も桜が咲いていた。満開には少し早く、風が吹くたび、花より蕾の方が多い枝が揺れていた。

遺品箱ではなく、古い手帳の内ポケットを探した。薄い紙の半券が出てきた。徳川将軍家墓所を拝観した日の券で、春の日付が残っている。文字は読めるのに、その日をどの言葉で呼ぶべきか、私は長く決められなかった。

桜を見た日。墓所を拝観した日。妻と歩いた日。それとも、医師へ相談する直前の日。

どれも間違いではない。だからこそ、一つに決めれば残りを消してしまう気がした。まだ、そう呼ぶ勇気はなかった。

私は蒼井へ〈映像、確認しました〉と返し、チーコへ〈春の写真も使えます〉と送った。続けて予定表を開き、取材日とは別の午後に印を付けた。桜を見に行くのではない。桜のない増上寺へ行くためだった。

花の話だけをした日

あの春、私たちは大門駅から歩いた。妻は歩調をいつもより少し落としていたが、私は気づかないふりをした。気づいて尋ねれば、二人とも答えなければならなくなる。

三解脱門の前で、妻が上を向いた。

「少し早かったわね」

「来週なら満開だろう」

「来週も来る?」

私は答える前に手帳を開いた。診察の予定が入っていた。妻の体調について、初めて医師へきちんと相談する日だった。

「終わってから考えよう」

「では、今日は今日の桜を見ましょう」

妻はそう言って歩き出した。励ますでもなく、怖がるでもなく、ただ花の方へ顔を向けた。私は隣を歩いた。

境内では桜の話だけをした。どの木が早いとか、東京タワーまで一枚に入れると欲張りだとか、屋台があれば団子を買うとか。病名はまだなかった。結果もなかった。けれど、名前のない不安だけは、私たちの間を一人分ほど空けて歩いていた。

徳川将軍家墓所へ入る前、妻が私の袖をつまんだ。

「ここで墓所を見るの、妙な順番ね」

「桜を見たあとだからか」

「このあと病院の話をする二人だから」

私は何も言えなかった。妻も続きを言わなかった。券を二枚受け取り、一枚を私へ渡した。その半分だけが、いま手帳に残っている。

帰り道でも、私たちは花の話をした。あの沈黙を、私はずっと臆病だった証拠だと思ってきた。だが本当は、言葉にすれば壊れそうな午後を、二人で最後まで歩くための沈黙だったのかもしれない。そう断言するには、まだ少しきれいすぎた。

桜のない増上寺

十一月の午後、御成門駅から増上寺へ向かった。落葉が歩道の端に寄り、靴の下で乾いた音を立てる。春の写真と同じ場所なのに、空の広さが違って見えた。

増上寺は浄土宗の大本山で、正式には三縁山広度院増上寺という。徳川将軍家の菩提寺として知られ、芝公園の現在地で六百年以上の時間を重ねている。大殿の背後には東京タワーが立ち、寺の時間と街の時間が同じ画面へ入る。

三解脱門をくぐった。春の記憶では、門の向こうに桜があった。今日はない。ないはずなのに、私は無意識に花の位置を探していた。

あの枝だったか。いや、もう一本右だったか。妻が立った場所は石畳の中央だったか、端だったか。記憶を現在へ重ねようとするほど、どちらもぼやけた。

私は立ち止まり、重ねるのをやめた。

十一月の境内には、十一月の人がいた。制服姿の学生、地図を広げる旅行者、乳母車を押す夫婦。風が落葉を動かし、掃き清められた石畳へまた数枚を運んでくる。桜がないから空白なのではない。別の季節が、すでにそこを満たしていた。

春と秋は、同じ場所を奪い合ってはいなかった。私だけが、片方を本物にしようとしていた。

同じ場所の別の時間

大殿の前で手を合わせたあと、手帳から半券を出した。春の日付は小さく、十一月の光の中では少し頼りなかった。

妻と来た午後は、後に続く出来事の前日ではない。あの日はあの日で、一日の全部だった。私たちは相談を恐れ、黙り、桜の咲き具合で言い争い、昼食をどこにするか迷った。後から知った結末だけで、その一日を塗り直す必要はない。

「今日は今日の桜を見ましょう」

妻の言葉を、私はようやく花のない季節で聞き直した。今日は今日の落葉を見ればよい。春を再現できないことは、春を失うことではなかった。

半券を手帳へ戻した。お守りのように握りしめるのではなく、ただ春の日付がある記録として。

そのとき、横から声をかけられた。

「すみません。写真、お願いしてもいいですか」

若い父親が、小さなカメラを差し出していた。隣に母親と女の子が並んでいる。断る理由はなかったのに、私は一拍遅れてから受け取った。誰かのカメラを持つのは久しぶりだった。

今の一枚

三人は大殿を背に並んだ。女の子が胸の前に画用紙を持っている。黒い丸に三角の耳、左右へ勢いよく伸びたひげ。猫らしい。たぶん。

「もう少し真ん中へ」

私が言うと、父親が半歩動き、母親が女の子の襟を直した。女の子だけは猫の絵をこちらへ向けたまま、真剣な顔をしている。

シャッターを押した。念のため、もう一枚。

画面を確かめてカメラを返すと、三人が同時に頭を下げた。

「ありがとうございました」

「猫も、よく写っています」

女の子が初めて笑った。

「白い猫なの」

絵は黒い線だけだった。私は、そうですか、と答えた。説明されなければ分からないところまで、妻の猫の絵に似ていた。

家族は写真をのぞき込みながら歩いていった。私は写っていない。それでも、その一枚が生まれる瞬間に、確かに加わっていた。過去の写真を見返すだけではなく、今日撮られる写真のために指を動かした。

妻は写真を撮るとき、私にカメラを任せたがった。私は水平や逆光を気にし、妻は『顔が入っていれば合格』と言った。撮った直後に二人で画面をのぞき込み、私が失敗を説明すると、妻は説明ごと笑った。いま思えば、写真の出来より、同じ小さな画面へ顔を寄せた時間の方が残っている。

先ほどの家族も、帰りの電車で写真を見返すかもしれない。少し傾いていたら、私のせいだ。けれど、それもその日の一枚になる。完璧でない現在へ手を貸すことを、私は以前ほど怖がらなくなっていた。

妻がいた春と、妻のいない秋。その二つの間に、今の私が立っている。どちらかへ戻るのではなく、どちらも抱えたまま、誰かの現在へ小さく関わることはできる。

帰り際、落葉が一枚、私の肩へ乗った。払おうとして、やめた。駅へ着くまでに風が持っていくだろう。持っていかなければ、それでもいい。

春を秋に置く

事務所へ戻ると、蒼井の春の映像が停止したままだった。私は再生せず、その隣に今日撮った十一月の境内写真を並べた。桜のある一枚と、桜のない一枚。どちらも増上寺だった。

チーコへ短く送った。

〈秋の写真も残してください。比較用ではなく、秋そのものとして〉

すぐに〈了解です〉と返ってきた。続けて、猫の絵を持った女の子のことを書きかけ、消した。仕事の報告には要らない。

代わりに古い封筒を探した。妻が描いた猫の落書きが、どこかにあったはずだ。白金の坂道で、本物の猫を探した日のものだ。

半券はその封筒へ入れず、手帳の元の場所へ戻した。春を封じる扉ではなく、私たちが春を一日生きた記録として。

窓の外では、また葉が落ちた。私は画面の桜を閉じなかった。秋の窓も、カーテンで隠さなかった。

同じ場所には、違う季節が来る。人も同じではいられない。それでも、同じ場所と呼んでよいのだと思った。変わらないから同じなのではない。変わった時間を重ねて、名前が残る。

次の休日、私は白金の坂を歩いてみようと思った。猫がいるかどうかは、行ってから考えればいい。

増上寺の基本情報

所在地 東京都港区芝公園4-7-35
寺名・宗派 三縁山広度院増上寺/浄土宗大本山
御本尊 阿弥陀如来
交通 都営三田線 御成門駅・芝公園駅から徒歩約3分/都営浅草線・大江戸線 大門駅から徒歩約5分/JR・東京モノレール 浜松町駅から徒歩約10分
徳川将軍家墓所特別拝観 境内参拝とは別の有料拝観。受付時間・冥加料・休場日は変更の可能性があるため公式サイトで要確認
行事、堂内参拝、宝物展示室、墓所特別拝観の予定は変更される場合があります。参拝前に増上寺公式サイトで最新情報をご確認ください。

出典と確認日

大本山 増上寺公式サイト『増上寺について』
https://www.zojoji.or.jp/info/
正式名称、宗派・寺格、御本尊、創建者を確認。サイト確認日 2026年9月25日。

大本山 増上寺公式サイト『由来・歴史』
https://www.zojoji.or.jp/info/history.html
徳川将軍家との関係と現在地へ至る歴史を確認。サイト確認日 2026年9月25日。

大本山 増上寺公式サイト『徳川将軍家墓所』
https://www.zojoji.or.jp/keidai/tokugawagrave.html
墓所特別拝観の受付、冥加料、埋葬される将軍家関係者を確認。サイト確認日 2026年9月25日。

大本山 増上寺公式サイト『アクセス』
https://www.zojoji.or.jp/map/
所在地と各駅からの徒歩時間を確認。サイト確認日 2026年9月25日。

物語内のケロ、亡き妻、Teamケロ、家族の会話と出来事、半券はフィクションです。病名・死因は設定していません。社寺に関する事実は上記公式情報を基にしています。