猫らしいもの
増上寺から戻った夜、私は机の引き出しを三段とも開けた。探していたのは、妻が描いた猫の落書きだった。
三段目の奥に、古い領収書や使い終えた切符を入れた封筒がある。その中から、小さく折られた紙が出てきた。丸い胴体に、短い足が四本。顔からは、ひげらしい線が八方へ伸びている。猫と言われれば猫だが、別の生き物だと言われても反論は難しい。
紙の端に妻の字で〈白金で見た猫〉と書いてあった。説明がなければ、私は分からなかっただろう。
翌朝、佐久間の写真とヤヨイの原稿が共有フォルダへ届いた。白金氷川神社の石段、社殿、境内社。佐久間の写真には、木の根元に空いた小さな隙間が写っていた。猫はいない。ヤヨイの原稿には、こうあった。
〈会えると決めて行くより、いるかもしれないと思って歩く方が、この坂には似合う〉
私はその一文を二度読んだ。妻と白金の坂を歩いた日も、猫を見に行ったわけではない。たまたま一匹を見かけ、見失い、それから二人で探した。
落書きを机へ置いた。正確でない絵が、正確な地図より強く私を呼んでいた。
坂道の年齢
十一月下旬の昼、白金高輪駅を出た。空気は冬の入口まで来ていた。上着の前を閉じ、住宅の間を神社へ向かった。
白金氷川神社は、白鳳年間に白金の総鎮守として創建されたと伝わる。御祭神は素盞嗚尊、日本武尊、櫛稲田姫尊。境内には稲荷神社と建武神社も祀られている。長い時間を抱えた場所だが、そこへ続く道は生活の中にある。自転車が通り、宅配車が止まり、坂の途中で誰かの洗濯物が揺れていた。
妻と来たころ、坂はこんなに長かっただろうか。
足を上げるたび、膝が小さく訴えた。息も早くなる。私は途中で立ち止まり、振り返るふりをして呼吸を整えた。後ろには誰もいない。妻がいれば、見抜いていただろう。
「景色を見るふり?」
記憶の中の声は出てきた。だが、そのあと妻がどんな顔で笑ったのかが出てこない。口を開けたのか、目を細めたのか、肩を揺らしたのか。
私は歩きながら、一つずつ試した。どれも妻らしく、どれも借り物のようだった。
人の顔は忘れないと思っていた。写真も残っている。けれど写真に笑い方は写らない。写るのは笑った一瞬で、そこへ至る息や、笑い終えたあとの沈黙までは残らない。
妻の写真を携帯電話で開けば、輪郭も目尻も確かめられる。だが、確かめるほど私は写真の一瞬を妻の全部にしてしまいそうだった。記憶に写真を合わせるのではなく、写真へ記憶を従わせる。それは正確さではなく、別の取りこぼしなのだろう。
坂の上で、私はもう一度休んだ。年齢のせいだけではなかった。思い出せないことを認める方が、坂を上るより苦しかった。
逃げた猫
妻と歩いた日は、もう少し暖かかった。境内へ近づいたところで、白っぽい猫が塀の上を横切った。
「猫」
妻が私の袖を引いた。
「見えた」
「白いの」
「尻尾だけ」
「では、白いとは限らないわね」
妻は妙なところで厳密だった。二人で塀の先をのぞいたが、猫はいなかった。植え込みの下、車の陰、路地の角。知らない家の門前まで行きかけ、さすがにやめた。
「あなた、猫の顔を覚えている?」
「尻尾しか見ていない」
「私は見た」
妻は鞄から手帳を出し、その場で猫を描いた。丸、三角、線。三十秒ほどで、あの不思議な生き物が出来上がった。
「これは猫か」
「特徴は捉えているでしょう」
「足が同じ方向へ四本ある」
「走っているの」
「横倒しではなく?」
妻が笑った。私も笑った。猫を探していたことより、妻の絵をからかったことの方が、私の中には長く残った。
ところが今、その笑い方を再生できない。声の高さも、頬の動きも、確信を持てなかった。落書きだけが残り、笑った人の動きが薄れている。その順番が、私は怖かった。
猫のいない境内
鳥居をくぐり、石段を上った。境内は静かだった。社殿の右手には稲荷神社、左手には建武神社がある。佐久間の写真で見た木の根元ものぞいたが、猫はいない。
私は参拝を終え、境内を一周した。猫が隠れそうな場所へ目を向ける。石の陰、植え込み、社務所の脇。探すほど、妻と歩いた日の再現になっていった。
あの日と同じように猫が現れれば、妻の笑い方まで戻る気がした。白っぽい尻尾が見え、私が見間違いを指摘し、妻が変な絵を描く。順番どおりに並べれば、記憶は元の形になる。
だが猫は来なかった。
代わりに、風で枯葉が石段を滑った。かさ、かさ、と乾いた音がして、途中で止まる。その音を聞いたとき、妻の笑顔ではなく、息が戻った。
笑いすぎて、途中で一度息を吸う。声を出そうとして出せず、私の腕を二回叩く。それからようやく、少し低い声で笑う。
顔はまだはっきりしない。それでも、腕を叩かれた場所が温かくなるような感覚があった。
私は目を閉じなかった。目を閉じれば、正しい映像を作ろうとしてしまう。枯葉の音を聞き、冷えた空気を吸いながら、残った感触だけを受け取った。
風が止むと、境内はまた静かになった。戻った記憶を逃がさないために追いかけるのもやめた。次に思い出せる保証はない。それでも、今ここにあったことだけで十分だった。
任せるという返事
携帯電話が短く震えた。佐久間からだった。白金氷川神社の記事に使う写真を二枚まで絞ったが、最後の一枚を決めかねているという。社殿を正面から写した写真と、石段に落葉が残る写真。どちらがよいか、私の判断を求めていた。
以前の私なら、構図や情報量を比べ、理由を付けて一枚を選んだだろう。オーナーとは、正解を示す役目だと思っていた。
私は二枚を見た。正面写真は端正で、落葉の写真は少し寂しい。どちらにも、佐久間がそこで立ち止まった時間があった。
〈佐久間君が残したい方を選んでください。理由は原稿に合わせなくて大丈夫です〉
送ってから、説明不足に見えないか心配になった。すぐに返事が来た。
〈ありがとうございます。落葉の方にします〉
続けてヤヨイから、〈私もそちらだと思っていました〉と届いた。二人は私に正解を求めたのではなく、選ぶ余地を渡してほしかったのかもしれない。
記憶も同じだった。正しい顔を一枚選び、他を誤りにする必要はない。妻は大きく笑う日も、口元だけで笑う日もあった。私の覚えていない笑い方も、たくさんあったはずだ。
忘れたことは、愛情が足りなかった証拠ではない。長く一緒にいたからこそ、一日ごとの表情は重なり、境目をなくしていく。私は妻を一枚の肖像として覚えているのではなく、数え切れない小さな違いとして覚えていた。
残った一つを、すべてだと言わなければよい。
見つからないまま帰る
もう一度だけ境内を見回した。猫はいなかった。私は落書きをポケットから出し、紙の折り目を伸ばした。
〈白金で見た猫〉
妻の字は変わらない。絵の下手さも変わらない。変わったのは、それを見る私だった。
猫を見つけなくても帰れる。妻の笑い方を完全に取り戻せなくても、この場所へ来たことは無駄にならない。記憶は、保存された映像ではない。呼吸や温度や、腕を二回叩かれた感触のように、形を変えて残る。
石段を下りるとき、私は手すりを使った。若いころの私なら、年寄りくさいと避けただろう。今は、転ばずに帰る方が大切だった。妻なら、たぶん笑う。どんな顔で笑うかは、分からない。
坂の途中で、落書きの裏に薄い線を見つけた。妻が別の日に書いたらしい短い言葉だった。
〈同じ方を見なくても、帰るところが同じならいい〉
乃木神社で言い争った日の言葉だったと思う。これも正確な日付は出てこない。けれど今度は、急いで確定しようとは思わなかった。
事務所へ戻り、落書きを新しい透明袋へ入れた。説明書きは足さなかった。妻の笑い方を書けば、また一つに決めてしまう。
佐久間が選んだ落葉の写真を開いた。猫は写っていない。だから不足しているのではない。その日に彼が見た白金氷川神社が写っている。
私はヤヨイの原稿へ、短いコメントを残した。
〈猫が見つからない結末で進めてください〉
送信すると、窓の外で風が鳴った。妻の声には似ていなかった。それでよかった。
白金氷川神社の基本情報
所在地 東京都港区白金2-1-7
御祭神 素盞嗚尊 日本武尊 櫛稲田姫尊
由緒 白鳳年間に白金の総鎮守として創建されたと伝わる
境内社 稲荷神社 建武神社
交通 東京メトロ南北線・都営三田線 白金高輪駅3番出口から徒歩約4分
公式サイト掲載時間 9時から16時30分
授与品、御朱印、受付方法、行事、開閉時間は変更される場合があります。参拝前に白金氷川神社公式サイトと公式発信で最新情報をご確認ください。猫に会えることを保証するものではありません。
出典と確認日
白金氷川神社公式サイト
https://shirokanehikawa.jp/
御祭神、創建伝承、所在地、境内社、例大祭、公式サイト掲載時間を確認。サイト確認日 2026年9月25日。
白金氷川神社公式サイト『氷川神社について』
https://shirokanehikawa.jp/shrine.html
御祭神、由緒、沿革、境内社を確認。サイト確認日 2026年9月25日。
東京都神社庁『白金氷川神社』
https://www.tokyo-jinjacho.or.jp/minato/200027/
所在地、白金高輪駅からの徒歩時間を確認。サイト確認日 2026年9月25日。
物語内のケロ、亡き妻、Teamケロの会話と出来事、猫の落書きはフィクションです。境内の猫は実在個体や出現を保証するものではなく、物語では猫に会えない構成です。社寺に関する事実は上記公式情報を基にしています。