夕暮れの写真
佐久間君の写真には、人がほとんど写っていない。
それは偶然ではない。人通りが途切れるまで待ち、街そのものが息をつく瞬間を選んでいるのだと、以前チーコが教えてくれた。
その日の写真もそうだった。飯倉熊野神社の鳥居の向こうで、夕暮れの空が薄紫に変わり、ビルの間から東京タワーが赤く浮かんでいた。
ヤヨイさんの取材メモが添えられている。境内の由緒、八咫烏、サッカー御守、港七福神の恵比寿。必要な項目を読み終えたあと、私はもう一度、写真へ戻った。
塔を見たかったのではない。あの塔を見上げていた妻を探していた。
書類棚の下に、古い紙箱がある。領収書でも契約書でもない、捨てる理由を見つけられない紙だけを入れた箱だ。
映画の半券。閉店した店の名刺。妻が旅行先でもらった小さなパンフレット。
底に、東京タワーの絵葉書があった。
夜空に光る塔の写真。裏には妻の字で、短く書かれていた。
〈今度は、夜景を見に行きましょう〉
日付はなかった。けれど、いつ書かれたものかは分かった。
あの日、飯倉の坂で、二人並んで東京タワーを見上げたあとだった。
今度という約束
私たちは、初めから東京タワーへ行くつもりではなかった。
用事を済ませ、駅へ向かって歩いている途中、建物の隙間から白と赤の塔が見えた。夕日を受けた鉄骨が、昼と夜の間で色を迷っていた。
妻が立ち止まった。
「ねえ、見て」
「見えているよ」
「そうじゃなくて、ちゃんと見て」
妻が何かを見つけたとき、私はたいてい、見えていると答えた。見えていることと、見ることが同じだと思っていた。
「きれいね」
「まだ明るいから、照明は目立たないな」
「あなたは、どうしてすぐ説明するの」
「説明した方が分かりやすいだろう」
「きれいなものは、きれいでいいの」
妻は呆れた顔をしたあと、また塔を見上げた。
「今日は時間がないけれど、今度は夜景を見に行きましょう」
「今度な」
「その『今度』は、いつですか」
「仕事が落ち着いたら」
「では、仕事が落ち着いた記念日にしましょう」
「そんな記念日は、たぶん来ないぞ」
「困りましたね」
妻は笑った。私も笑った。
その場では、それで会話が終わった。
約束を破るつもりはなかった。忘れたつもりもない。ただ、来週より再来週、今月より来月の方が都合がいいと思い続けた。
約束には期限がなかった。期限がないものを、私はいつでも後ろへ送った。
やがて妻の体調が悪くなった。出かけられる日は減り、夜の外出は難しくなった。東京タワーの話を、妻は二度としなかった。
責められなかった約束ほど、あとに残る。
八咫烏のいる神社
十月中旬の夕方、私は一人で飯倉熊野神社へ向かった。
大江戸線の赤羽橋駅から歩けば六分ほど。東京タワーに近い麻布台の街は、坂と車の音に囲まれている。鳥居をくぐると、境内だけが通りから半歩引いているように感じられた。
飯倉熊野神社の古い記録は、元禄十六年の火災で失われ、創建の詳しい経緯は分からないという。伝承では、芝浦の海辺に祀られたのち、文明年間に太田道灌によって現在地へ再建されたとされる。御祭神は素戔嗚尊、伊弉諾尊、伊弉冉尊。
熊野の神使は三本足の八咫烏で、道を導く存在として知られる。神社では八咫烏にちなむサッカー御守も授与されている。境内には港七福神の恵比寿も祀られている。
導きの鳥がいる場所で、私は道を間違えた日のことを考えた。
いや、間違えたのではない。行こうとしなかったのだ。
拝殿で手を合わせた。妻との約束を果たさせてください、と願うつもりはなかった。今日ここへ来たことを、あの夜景の代わりにしてもらおうとも思わなかった。
過去に代わりはない。
私は絵葉書を上着の内ポケットから出した。紙の端は柔らかくなり、塔の夜景は少し褪せていた。
風に飛んだ絵葉書
境内を出たところで、強い風が坂を上ってきた。
絵葉書が指を離れた。
赤い塔が裏返り、歩道を滑っていく。追いかけようとしたとき、黒いリュックを背負った若い男性が足でそっと止めた。
「これ、落としましたよ」
「ありがとうございます」
受け取ると、彼は表の写真を見た。
「東京タワー、これから行くんですか」
「いや」
私は答えてから、少し迷った。
「昔、行こうとして、行かなかったんです」
若者は困るかと思ったが、絵葉書と実物の塔を見比べた。
「じゃあ、今日は途中までですね」
「途中まで?」
「ここからも見えますから」
彼はそれだけ言い、坂を下りていった。
途中まで。
私は、その言葉を胸の中で繰り返した。
果たせなかった約束は、ゼロのままだと思っていた。二人で展望台へ行かなかった。夜景を見なかった。だから、あの日は何も残らなかったのだと。
だが私たちは、同じ夕暮れの塔を見上げた。妻はきれいだと言い、私は明るさの説明をした。妻は絵葉書を買い、裏に次の約束を書いた。
途中までは、一緒にいた。
その事実まで悔いで塗りつぶす必要はないのかもしれない。
妻が責めなかった理由
妻が入院していたころ、一度だけ東京タワーの明かりが病室の窓から見えた。建物の端に隠れ、上の方だけだった。
「約束、果たせなかったな」
私が言うと、妻は窓の外を見たまま答えた。
「何の約束?」
「夜景を見に行く約束だよ」
「そんなこと、言いましたか」
「言った」
「では、忘れてしまいました」
妻は本当に忘れているように笑った。私は、彼女が私を責めないためにそう言ったのだと思っていた。
けれど、今なら別の考え方もできる。
妻にとって、約束を果たすことだけが大切だったのではない。飯倉の坂で二人が立ち止まり、同じ塔を見たこと。その時間は、未完成ではなかったのかもしれない。
もちろん、妻の本心は分からない。もう確かめることもできない。
だから私は、都合のいい答えを妻に言わせるのではなく、自分の判断として決めることにした。
今日は東京タワーへ行かない。
日が落ち、塔の照明がはっきり見えるまで待つこともしない。
全部をやり直さなくていい。妻と来られなかった場所へ一人で行き、同じ景色を再現しても、過去が正しくなるわけではない。
夕暮れが夜へ変わる前に、私は駅へ向かった。
逃げたのではない。帰る時間を、自分で決めた。
絵葉書の裏側
帰宅して、机の明かりの下で絵葉書を見た。
〈今度は、夜景を見に行きましょう〉
妻の文字の下に、もっと小さな字があった。これまで日付のようなものだと思い、読もうとしなかった。
〈宝珠院の弁天さまにも寄りたい〉
東京タワーの近くにある寺の名だった。
私はスマートフォンを開き、佐久間君とヤヨイさんへメッセージを送った。
〈写真と資料をありがとう。飯倉熊野神社へ行ってきました〉
少し考えて、もう一行加える。
〈宝珠院の取材素材もありますか〉
ヤヨイさんから、丸眼鏡の笑顔が浮かぶような早い返事が来た。
〈あります。弁財天さまだけでなく、閻魔さまも、三すくみもあります。どこから送りましょう〉
私は笑った。資料の量が多いときのヤヨイさんは、文章まで早口になる。
〈最初からお願いします〉
送信して、絵葉書を古い手帳へ挟んだ。銀杏の葉の次の頁だった。
果たせなかった約束は消えない。
しかし、それを悔いと呼び続けるか、二人で途中まで歩いた記憶と呼ぶかは、今の私に残されている。
飯倉熊野神社の基本情報
所在地 東京都港区麻布台2-2-14
交通 都営大江戸線 赤羽橋駅から徒歩6分
電話 03-3589-6008
御祭神 素戔嗚尊 伊弉諾尊 伊弉冉尊
特徴 熊野の神使である八咫烏 サッカー御守 港七福神の恵比寿
授与所の対応時間、御朱印、授与品、行事は変更される場合があります。遠方から参拝する場合は、事前に神社へご確認ください。
出典と確認日
港区観光協会 VISIT MINATO CITY 飯倉熊野神社
https://visit-minato-city.tokyo/ja-jp/places/1270
創建記録の焼失、八咫烏、サッカー御守、港七福神の恵比寿、所在地、赤羽橋駅からの徒歩時間。サイト確認日 2026年9月24日。
港区観光協会 港七福神めぐり記事
https://visit-minato-city.tokyo/ja-jp/articles/447
創建伝承、太田道灌、御祭神、恵比寿稲荷、宝珠院からの徒歩動線。記事公開日 2021年12月9日、サイト確認日 2026年9月24日。
港区観光協会 港七福神巡りオススメルート
https://visit-minato-city.tokyo/ja-jp/routes/1
八咫烏、サッカー御守、港七福神の恵比寿に関する案内。ページ公開日 2019年10月11日、サイト確認日 2026年9月24日。
物語内のケロ、亡き妻、Teamケロ、絵葉書を拾った若者の会話と出来事、東京タワーの絵葉書はフィクションです。社寺に関する事実は上記情報を基にしています。