【第一部:佐久間&ヤヨイ 取材短編】
『路地裏の深緑と火伏せの祈り——布袋尊の笑顔に重ねる未来』
小網神社の賑やかな人波を抜け、人形町一丁目の静かな路地へ足を踏み入れると、鮮やかに刈り込まれた深緑の生垣がふたりを迎えた。 藤色の羽織をまとったヤヨイは、都会のビル街にぽっかりと現れた緑のオアシスを見上げ、取材ノートを胸に抱きしめて息をのむ。
「小網様のあの熱気から一転して、なんて清らかで落ち着く場所なのかしら……! 佐久間君、この生垣が社名の由来になった『茶の木』なのね」
木々模様のジャケット姿の佐久間は、ヤヨイの取材巾着を預かりながら、穏やかな笑みを浮かべた。
「ええ。下総佐倉城主・堀田家の中屋敷に祀られていた屋敷神で、この見事なお茶の木の生垣から『茶ノ木様』と親しまれました。江戸時代を通じて屋敷内はもちろん、周囲の町一帯にも一度も火災の類焼がなかったという、奇跡の『火伏せの神』です」
「火災の多かった江戸の町で、一度も火が出なかったなんて……まさに町衆を守り抜いた本物の守護神ね」
ふたりは端正な社前に進み、二拝二拍手一拝。続いて境内に鎮座する、ふくよかな笑顔をたたえた布袋尊像の前に並んだ。
「布袋尊様、見ているだけでこちらの肩の力までふっと抜けていくような、素敵な笑顔だわ。……ねぇ佐久間君、いつか佐久間君もこんな貫禄のある福々しいお腹になるのかしら?」
「それは困りますね。ヤヨイさんの隣で敏捷に動くプロデューサーであり続けるためにも、体型維持は徹底しますよ」
困り顔で返す佐久間に、ヤヨイは鈴を転がすように笑った。
「ふふっ、冗談よ。でもね、布袋尊様が司る『笑門来福』と『円満』の心……私たちが届ける記事にも、読者の心をふわりと温めるそんな福を宿したいわ」
「ええ。どんな困難も笑顔で受け止める布袋尊のように、僕があなたの言葉を最高の形で世へ送り出します」
緑の茶の木が風にそよぐ中、ふたりは互いの信頼を確かめ合うように深く頷き合った。
【第二部:ちーこ&蒼井 スピンオフ・Private短編】
『ほうじ茶ソフトと布袋尊——甘い余白に灯るぬくもり』
「わぁ〜っ! 蒼井さん見て! 本当に神社のまわりぜ〜んぶ、キレイなお茶の木の生垣で囲まれてる!」
週末の午後。私服のロングスカートにニット帽をかぶったちーこは、茶ノ木神社の緑の生垣を指さしながら目を輝かせていた。
「ああ、ヤヨイさんの取材レポート通りだな。都会のど真ん中にこれだけ手入れされた緑が残ってるのは見事だ」
蒼井はカメラを構えそうになる癖をぐっと堪え、コートのポケットに手を突っ込んだ。今日は撮影抜きの完全プライベートデートである。 ふたりで並んで手を合わせ、福徳円満を司る布袋尊像へ。ちーこは布袋尊のまあるいお腹をそっと撫でながら、いたずらっぽく蒼井の横顔を見上げた。
「蒼井さん、布袋尊様って『笑門来福』の神様なんだって。いつも仕事で眉間にシワ寄せてモニター睨んでる蒼井さんも、たまには布袋様くらいにっこり笑ってみてよ〜!」
「……普段から別に怒ってるわけじゃない。集中してるだけだ」
「もう〜、照れ隠しなんだから! ほら、参拝のあとはお楽しみのコレ!」
ちーこが駆け込んだのは、すぐ近くにある老舗お茶屋『森乃園』。テイクアウトした極上ほうじ茶ソフトクリームを誇らしげに掲げ、ベンチに座る蒼井の隣へちょこんと腰掛けた。
「はい、蒼井さん! 一口どうぞ! お茶の香ばしさがすっごく濃厚だよ!」
「ん、サンキュー。……確かに美味いな。甘すぎなくて後味がすっきりしてる」
「でしょ〜! 火伏せの神様にお参りしたからね、蒼井さんの動画制作への熱すぎる情熱でショートしそうな時は、私がこのソフトクリームみたいに優しく冷まして、甘やかしてあげるからね!」
スプーンをくわえて満面の笑みを浮かべるちーこに、蒼井はふっと口元を緩め、彼女の頭をポンと撫でた。
「お前に甘やかされたら、仕事に戻れなくなりそうだな」
「えへへ、ずっと甘えてていいんだよ?」
冬の柔らかな木漏れ日と、香ばしいほうじ茶の甘い香り。布袋尊の穏やかな神気に見守られながら、ふたりの休日は甘く穏やかに過ぎていった。