【第一部:佐久間&ヤヨイ 取材短編】
『二時間の待機列と魔法瓶の珈琲——強運の昇り龍に誓う言葉の翼』
新春の冷たい木枯らしが吹き抜ける日本橋小網町。路地を何重にも折り返す参拝の待機列は、最後尾の看板に「現在 約百二十分待ち」の文字を掲げていた。 若草色の新春着物に白いショールを巻いたヤヨイは、寒さに小さく肩をすくめながらも、丸眼鏡の奥の瞳を好奇心で輝かせていた。
「すごい熱気ね、佐久間君……! 文正元年の悪疫鎮静から始まって、東京大空襲をも無傷で潜り抜けた奇跡の強運厄除……この行列そのものが、五百年以上愛され続けてきた信仰の証なんだわ」
木々模様のシックな冬ジャケットを着こなす佐久間は、ヤヨイの重い一眼レフカメラと取材バッグを肩に背負い直し、持参していたステンレス魔法瓶を取り出した。
「ええ。出征兵士が全員無事帰還した伝承や、社殿の昇り龍・降り龍がもたらす神徳への人々の願いですね。……ヤヨイさん、まずはこれで身体を温めてください」
佐久間が手渡したのは、熱々の湯気を立てる自家製ドリップ珈琲のカップだった。
「まあ……! まだ淹れたてみたいに熱くて香ばしいわ! さすが佐久間君、完璧な準備ね」
「二時間待つのは想定内です。あなたの身体を冷やすわけにはいきませんから」
佐久間は低く穏やかな声で微笑み、ヤヨイの冷えた指先を覆うようにカップを支えた。 やがて辿り着いた拝殿前。繊細で力強い昇り龍と降り龍の彫刻を見上げ、福禄寿に健康長寿を祈願した二人は、境内の「東京銭洗い弁天」へ。ザルに種銭を入れ、清涼な井戸水で洗い清める。
「清めた種銭をお財布へ納めると、心まで澄み渡るようだわ」
「ええ。昇り龍が祈りを天へ届け、降り龍が恵みを運ぶように……ヤヨイさんの紡ぐ言葉が、読者の心へ温かな福を届ける翼となりますように」
佐久間が真摯な瞳で見つめると、ヤヨイは丸眼鏡の位置を直しながら、嬉しそうに頷いた。
「ええ! あなたという最高のプロデューサーと一緒なら、どんな行列だって最高の旅路になるわ!」
【第二部:ちーこ&蒼井 スピンオフ・Private短編】
『大混雑のポケットと、まゆ玉おみくじに結ぶ赤い糸』
「うぅぅ〜〜〜っ! 蒼井さん見て! ヤヨイさんの取材メモにあった通り、小網神社、本当に二時間待ちの大行列だよ〜っ!」
週末の午後。私服のサロペットにボアジャケットを着たちーこは、小網神社の長蛇の列に並びながら、冷えた両頬を手袋で押さえていた。
「だから言っただろ、ヤヨイさんたちのレポート見た時点で覚悟しとけって。ほら」
蒼井はちーこの手からスマホを取り上げると、保温水筒から注いだホットココアを手渡した。
「わっ、ココア! 甘くてあったかい〜! ……でも、足先と指先がじんじん冷えてきちゃった……」
ちーこが小さく身震いした瞬間、蒼井はため息をひとつ吐き、ちーこの右手をぎゅっと掴んだ。そしてそのまま、自分の厚手のコートの右ポケットの中へと強引に引き入れた。
「あ……蒼井さん……っ?」
「ポケットの中なら風も当たらねぇだろ。……手、貸しといてやるよ」
ポケットの中で重なる蒼井の大きな手のひら。指先から一気に心臓まで熱が駆け上がり、ちーこの顔が林檎のように真っ赤に染まる。
「〜〜〜っ! 蒼井さんの手、すっごくあったかくて……寒いの全部吹き飛んじゃった!」
「ならいい。……前、進むぞ」
照れ隠しに前を向く蒼井の横顔を見上げながら、ちーこはポケットの中でさらにぎゅっと手を握り返した。 一時間半後、無事に参拝を終えた二人は、境内で名物の「まゆ玉おみくじ」を引いた。一本の糸で紡がれた愛らしい繭玉をふたりで開くと、そこには揃って『大吉』の文字。
「見て蒼井さん! ふたりとも大吉! 『良縁は永遠に結ばれる』って書いてあるよ!」
「ふっ……強運の神様も、俺たちの味方をしてくれたみたいだな。……ほら、種銭洗いに行くぞ。俺がお前の分も清めてやるから」
「うんっ! 蒼井さんと一緒なら、何時間並んでも世界一幸せなデートだよ!」
冬晴れの小網町に響くふたりの笑い声。昇り龍の彫刻に見守られながら、二人の絆は寒さを溶かすほど強く、温かく結ばれていた。