ヤヨイの一行
月曜日の朝、Teamケロの事務所には、まだ私しかいなかった。
机の上には、週末の取材資料が六人分、きちんと分けて置かれている。几帳面な蒼井君の報告書、写真番号だけ豪快に飛んでいるチーコの一覧、佐久間君の予備バッテリー確認表。近藤君とまゆみさんのメモには、帰り道に寄った店の名前まで書いてあった。
その一番下に、ヤヨイさんの薄いノートがあった。丸い字で、麻布氷川神社と記されている。
由緒、境内社、授与所、駅からの坂道。必要なことは短く、迷いなく並んでいた。けれど最後の頁だけ、仕事のメモらしくない一行があった。
〈銀杏はまだ青い。誰かを待つには、少し長い午後〉
私は、その一行を二度読んだ。
ヤヨイさんに意味を尋ねれば、きっと困ったように眼鏡を押し上げるだろう。取材先で感じたことを、あとで物語に使えるよう書き留めただけなのかもしれない。
それでも、その言葉は私の中に残った。
銀杏の下で、人を待っていた妻の姿と一緒に。
私は机の引き出しから、前の晩に開いたばかりの御朱印帳を取り出した。その下に、古い手帳があった。黒い表紙の角は擦れ、輪ゴムはすっかり伸びている。
頁をめくると、乾いた銀杏の葉が一枚、音もなく机へ落ちた。黄色ではない。色を失った薄い茶色だった。
その瞬間、私は時計を見た。
待ち合わせに遅れた人間は、何年たっても時計を見る。
まだ青い銀杏
日曜日の午後、私は麻布十番駅から元麻布の坂を上った。
麻布氷川神社は、麻布十番駅から歩いて七、八分ほどの高台にある。若いころは何でもない坂だった。今は途中で一度、息を整える。年齢のせいにすれば簡単だが、一人の歩幅にまだ慣れていないせいもあるのだろう。
鳥居をくぐると、街の音が一段遠くなった。境内の銀杏は、ヤヨイさんのメモどおり、まだ青かった。
記憶の中の葉は、もっと黄色かったはずだ。
私はそう思ってから、すぐに自信をなくした。あの日も十月の初めだった。色づいていたのではなく、午後の日差しが葉を黄色く見せただけかもしれない。
記憶は写真ではない。思い出すたび、光の加減を変えてしまう。
麻布氷川神社は、公式由緒では天慶年間の九三八年、清和源氏の祖とされる源経基が、現在の麻布一本松付近に創祀したと伝えられる。御祭神は素盞嗚尊と日本武尊。昭和二十年の戦災で木造社殿を焼失し、現在の社殿は昭和二十三年に再建されたという。
千年を超える話を読めば、人の待ち時間など短いものに思える。
だが、待たされている本人にとっての三十分は、歴史ではない。
そのときの私は、三十分どころか、一時間近く妻を待たせた。
遅れてきた夫
まだ携帯電話を誰もが持つ時代ではなかった。
仕事先を出る直前に話が長引いた。私は公衆電話を探そうと思いながら、次の角、次の駅と先延ばしにした。電車へ乗ってしまえば、あとは急ぐしかない。急いでいるのだから仕方がない。そんな理屈で自分を許した。
境内へ駆け込むと、妻は銀杏の下にいた。
怒ってはいなかった。少なくとも、怒っているようには見えなかった。
両手で小さな紙袋を持ち、木を見上げていた。私に気づくと、ほっとしたように笑った。
「ごめん。待っただろう」
「ううん」
「一時間近いぞ」
「時計、見ていなかったから」
そんなはずはない。妻は時間に正確な人だった。待ち合わせの十分前に来て、私が五分前に着くと、ちょうどよかったと言う人だった。
「電話できなくて悪かった」
「仕事だったんでしょう」
「仕事なら、待たせてもいいわけじゃない」
「そうだけど」
妻はそこで、なぜか自分の方が申し訳なさそうな顔をした。
「私も、ごめんなさい」
「どうして君が謝る」
「あなたがそんなに急いで来ると思わなかったから」
「待たせたのは私だ」
「でも、走らせたのは私でしょう」
話がおかしい。
遅れた私より、待っていた妻が先に謝っている。私はそれを訂正しながら、胸のどこかで助かってもいた。怒られずに済んだ、と。
若い私は、その安堵を反省と取り違えた。
「何を持っているんだ」
私が尋ねると、妻は紙袋を開いた。中には二つの焼き菓子があった。
「待っている間に食べようと思ったの。でも、あなたが来るまで我慢した」
「一つ食べればよかったのに」
「一人で食べたら、おいしかったかどうか分からないでしょう」
「食べれば分かるだろう」
「そういう意味じゃありません」
妻は少しだけ口を尖らせた。
私はようやく、彼女が怒っていないのではなく、怒り方を知らないのだと気づいた。
気づいたのに、その日の私は十分に謝らなかった。次の店の予約時間を気にして、さあ行こうと歩き出した。妻は銀杏の葉を一枚拾い、私の手帳へ挟んだ。
「今日の罰」
「何の罰だ」
「この葉を見るたび、待たせた人のことを思い出す罰」
「ずいぶん軽い罰だな」
「重いと、あなたは捨てるでしょう」
妻はそう言って笑った。
私は、その葉を挟んだことさえ、長い間忘れていた。
待っている人
現在の境内で手を合わせた。
願うことは、前回より少しだけ決まっていた。
忘れないように、ではない。忘れたことを、思い出したときに受け止められますように。
参拝を終えて銀杏のそばへ戻ると、ベンチに年配の男性が座っていた。薄い上着の膝に両手を置き、鳥居の方を見ている。
私は少し離れた場所に立った。
十分ほどたっても、男性は動かなかった。スマートフォンを一度見て、また鳥居を見る。
誰かを待っているのだろう。
その姿を見ながら、私はずっと、自分を待たせた妻のことばかり考えていたと気づいた。妻は待っていた人で、私は遅れてきた人。その構図を変えずに、何十年も自分を責めてきた。
けれど、妻が先に逝ってからは、私の方が待っている。
帰宅しても聞こえない声を待ち、二人で出かけた場所へ行ける日を待ち、思い出しても平気になる時を待っている。
待たせることに慣れていたのは、私だった。
では、待つことに慣れていたのは妻だったのか。
違う。
慣れてなどいなかったのだろう。慣れたように見せるのが上手だっただけだ。
鳥居の外から、小柄な女性が早足で入ってきた。男性が立ち上がる。
「ごめんなさい。待った?」
「今来たところだよ」
誰も信じない古い台詞を、男性はまじめな顔で言った。女性は笑い、二人は並んで拝殿へ向かった。
私は、声をかけなくてもよかった。
だが、ベンチの下に小さな布袋が落ちているのが見えた。男性のものかもしれない。私は拾い、二人の背中を追った。
「すみません。これ、落としませんでしたか」
男性が振り返り、胸元を確かめた。
「ああ、私のです。ありがとうございます」
たったそれだけの会話だった。
それでも、以前の私なら黙って社務所へ届けていた気がする。人に声をかけるのは、思っているより少し勇気がいる。妻はそれを、いつも簡単にやっていた。
私は銀杏を見上げた。
葉はまだ青い。記憶の季節と違っていても、木は間違えていない。今の時間を生きているだけだ。
次の場所を尋ねる
帰り道、坂を下りる前にスマートフォンを開いた。
ヤヨイさんへ短いメッセージを送る。
〈麻布氷川神社の資料、読みました。銀杏の一行がよかった。ありがとう〉
送信してから、もう一文を加えた。
〈次は、どこを取材しましたか〉
これまで若い連中の報告を待つばかりだった私が、自分から次の場所を尋ねたのは初めてだった。
返事はすぐに来た。
〈飯倉熊野神社です。東京タワーがきれいに見えました。写真、送りますね〉
続いて一枚の写真が届いた。夕暮れの空に、東京タワーが赤く浮かんでいる。
妻と、あの塔を見上げた日があった。
行こうと約束しながら、行けなかった場所もある。
私は写真を閉じず、しばらく見ていた。
家へ帰ると、古い手帳へ銀杏の葉を戻した。今度は、忘れないためではない。忘れていた時間も含めて、私たちの時間だったと認めるためだ。
手帳の今日の日付に、一行だけ書いた。
待つ人にも、時間がある。
その下へ、次の日曜日の行き先を書き加えた。
飯倉熊野神社。
麻布氷川神社の基本情報
所在地 東京都港区元麻布1-4-23
交通 東京メトロ南北線 麻布十番駅出口4または出口1から徒歩8分 都営大江戸線 麻布十番駅から徒歩7分
授与所受付時間 9時から16時
御祈願受付時間 9時から15時30分
御祭神 素盞嗚尊 日本武尊
特徴 麻布総鎮守 境内社の應恭稲荷と高尾稲荷 港七福神の毘沙門天
受付時間、授与品、御朱印、行事は変更される場合があります。参拝前に神社公式サイトのお知らせで最新情報をご確認ください。
出典と確認日
麻布氷川神社 公式サイト 麻布氷川神社について
https://www.azabuhikawa.or.jp/about/
創祀、御祭神、歴史、境内社、港七福神の毘沙門天。サイト確認日 2026年9月24日。
麻布氷川神社 公式サイト 交通アクセス
https://www.azabuhikawa.or.jp/access/
所在地、授与所受付時間、御祈願受付時間、各駅からの徒歩時間。サイト確認日 2026年9月24日。
港区観光協会 VISIT MINATO CITY 麻布 氷川神社
https://visit-minato-city.tokyo/ja-jp/places/432
創建伝承、戦災と社殿再建、所在地、麻布十番駅からの徒歩時間。サイト確認日 2026年9月24日。
eHills Club 港区ぶらり緑の散策路 麻布 氷川神社
https://www.ehills.co.jp/rp/dfw/EHILLS/culture/170110_azabuhikawa/index.php
境内の銀杏と秋の景観に関する現地取材記事。記事公開日 2017年1月10日、サイト確認日 2026年9月24日。
物語内のケロ、亡き妻、Teamケロ、高齢の男女の会話と出来事、銀杏の葉を挟んだ手帳はフィクションです。社寺に関する事実は上記情報を基にしています。