第3章:サクラサク境内
平成七年に総檜造りで造営された壮麗な社殿は、四月の強い青空の下で、神々しいほどに白く輝いていた。二人は拝殿の前に立ち、お賽銭を入れ、並んで二礼二拍手一礼を捧げる。 チーコは目を閉じ、長く、静かに手を合わせていた。去年の冬、ここで必死に祈っていた受験生たちの姿を思い出しながら、今、目の前にあるたくさんの笑顔への感謝を神様に伝えているのだろう。
お参りを終え、拝殿から一歩下がったその瞬間――チーコの空気が、劇的に一変した。
カシャ、カシャ、カシャ……。
衣服が擦れる音さえ置き去りにするような、圧倒的な集中力。ファインダーを覗き込んだ彼女の瞳からは、先ほどまでののんびりとした、明るくおてんばな面影は完全に消え去っていた。 被写体が持つ幸せの絶頂、歴史、そして未来への希望を、その一枚の四角い世界に凝縮しようとする、本物のプロカメラマンの顔。 「合格御礼」と新しく書かれた絵馬が何重にも重なり合う立体感、制服姿の友人同士が笑い合う瞬間の自然な表情、社殿の檜の木目に差し込む春の柔らかな斜光。チーコの指先は、まるで感覚が身体の一部になったかのように滑らかにダイヤルを回し、完璧な光のデザインを切り取っていく。
蒼井は、その瞬間がたまらなく好きだった。映像クリエイターとして仕事の厳しさを知り、妥協を許さない自分だからこそ、彼女がカメラを通じて見せる、純粋で爆発的な天才肌の集中力に、いつも激しく心を揺さぶられる。
(やっぱり、こいつの撮る時の顔、めちゃくちゃいいな……)
蒼井はジンバルを巧みに操り、シャッターを切り続けるチーコの真剣な横顔と、その背景に広がる春爛漫の境内の賑わいを、流れるようなワンカットの映像で捉えていく。 クリエイターとしての純粋な尊敬。そして、そのすぐ隣にある、名前をつけたら引き返せなくなるような愛おしさ。二人の恋心は、春の光に溶かされるように、静かに、けれど確実にそのグラデーションを深めていた。
「……ふぅ! 先輩、見てください! 最高の春の光が撮れました!」
撮影を終え、いつものほわんとした、明るいチーコの笑顔に戻った彼女が、嬉しそうにカメラの液晶を見せてくる。そこには、ただ美しいだけでなく、参拝客の「ありがとう」という温かい感情がそのまま写り込んだような、優しい写真が並んでいた。
「ああ、素晴らしいな、チーコ。お前の写真には、見た人を幸せにする力がある。本当に、よくやった」
「えへへ……先輩にそんなふうに真っ直ぐ褒められると、なんだか魔法にかかっちゃったみたいで、うきうきが止まらなくなります」
チーコが上目遣いで蒼井を見つめる。至近距離で重なる視線。周りの賑やかな声が、一瞬だけ遠くの幻のように消え去り、二人の間に甘酸っぱくも、どこか切ない沈黙が流れた。

湯島天満宮、参道