チーコと蒼井は少し離れたところで待った。
「すごい偶然ね」
チーコが小声で言った。
「偶然だ」
「ここで電話が来るなんて」
「偶然は、場所を選ばない」
「夢がないなあ」
「ただし、人が何かを決めた瞬間に偶然が起きると、意味があるように感じる」
「それって、少しは信じてる?」
「何を」
「神様とか、願いとか」
蒼井は濡れた石畳を見た。
「信じていないとは言っていない」
「じゃあ、信じてるの?」
「チーコほど単純ではない」
「どういう意味よ」
「見えないものを、すぐ写真に撮ろうとするだろう」
「写真に写らないものを撮るのが、写真家なの」
蒼井は少し笑った。
「それは名言か」
「今、思いついた」
「そうだと思った」
片桐が戻ってきた。
先ほどよりも、顔が明るく見えた。
「北海道へ行く前に、もう一度こちらへ来ます」
「そのときは、かえるさんにも報告ですね」
チーコが言うと、片桐はうなずいた。
「無事に会って帰ってこられるように」
「大丈夫です」
「ありがとう」
片桐は石段を下りていった。
途中で立ち止まり、大小二体のかえるに向かって頭を下げる。
その姿を、チーコはカメラに収めなかった。
「撮らないのか」
「これは撮らない」
「珍しいな」
「人には、写真にしないほうがいい瞬間もあるの」
「それも今思いついたのか」
「前から思ってた」
「本当か?」
「本当よ」
二人も石段を下りた。
鳥居の右側では、大きなかえると小さなかえるが、雨上がりの街を眺めている。
チーコは二体の前で立ち止まった。
「ねえ、やっぱり親子じゃない?」
「まだ言っているのか」
「だって、大きいほうが見守ってる感じがするもの」
「夫婦でも見守るだろう」
「蒼井は夫婦説にこだわるわね」
「チーコが親子説にこだわるからだ」
「じゃあ、間を取って姉弟」
「なぜそうなる」
「さっきの片桐さんたちみたいに、離れていても家族でしょ」
蒼井は大小のかえるを見た。
「家族とは限らない」
「また夫婦?」
「仕事仲間かもしれない」
チーコは蒼井を見上げた。
蒼井は、何でもないことのように歩き出した。
「待って」
チーコが追いかける。
「今のどういう意味?」
「そのままの意味だ」
「仕事仲間が、何十年も並んで座ってるの?」
「いるかもしれない」
「ずっと?」
「居心地がよければ」
チーコは言葉に詰まった。
蒼井は振り返らずに歩いている。