第二章 セーラームーンを探す少女

午前十一時を少し過ぎた頃。
境内には外国人の若い女性が一人いた。
二十歳前後。
スマートフォンを片手に、鳥居と拝殿を何度も見比べている。
小さなノートには、アニメの場面らしいスケッチが描かれていた。
「聖地巡礼かな」
チーコが小声で言う。
「たぶんな」
女性は何度か位置を変え、写真を撮った。
しかし、どうしても満足しないようだった。
やがて日本語で、
「すみません」
とチーコへ声をかけた。
「はい」
「火川神社、ここですか?」
チーコは少し考えてから答える。
「アニメの『火川神社』のモデルとされているのが、ここです」
女性の顔が明るくなった。
「やっぱり!」
名前はエミリー。
フランスから来た大学生だった。
母親が日本のアニメ好きで、幼い頃から一緒に『セーラームーン』を見て育ったという。
特に好きだったキャラクターが火野レイ。
「母、レイちゃん、大好きでした」
「でした?」
チーコが聞く。
エミリーの表情が曇る。
「三年前、亡くなりました」
「……ごめんなさい」
「大丈夫です」
エミリーは小さく笑った。
母親は、生前ずっと日本へ来たがっていた。
麻布。
東京タワー。
火川神社のモデルになった場所。
二人で巡る約束をしていた。
だが、かなわなかった。
「だから、一人で来ました」
「お母さんの代わりに?」
「ううん」
エミリーは首を横へ振った。
「一緒に」
彼女はバッグから一枚の古い写真を取り出した。
若い頃の母親。
日本のアニメイベントらしい会場。
火野レイのコスプレをして笑っている。
「これを持って、全部回ってます」
チーコは写真を見た。
「いいですね」
「でも」
エミリーは拝殿を見る。
「写真撮っても、同じじゃない」
「何が?」
「アニメと違う」
蒼井が少し離れた位置から聞いていた。
「作品と現実が?」
「はい。分かってた。でも、来たら……もっと同じだと思ってました」
チーコは境内を見回した。
「違ってていいんじゃない?」
エミリーが首を傾げる。
「アニメの場所を探しに来たのに?」
「うん。でも、アニメの中にある場所と、今ここにある神社は別物でしょう」
「別物……」
「だから、同じ構図を探すだけじゃなくて、今の麻布氷川神社を撮ったらどうかな」
チーコはカメラを指した。
「お母さんが来たかった場所が、今どんなところなのか」
エミリーは少し考えた。
「写真、手伝ってもらえますか?」
「もちろん」
蒼井が横から言う。
「取材時間が」
「十分」
「十五分になる」
「誤差」
「知ってた」
結局、二十分かかった。