麻布氷川神社・長編ストーリー【チーコと蒼井の現代編】

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第五章 九十年ぶり

麻布氷川神社、境内、チーコと青井
麻布氷川神社、境内、チーコと青井

その日の取材では、麻布氷川大神輿についても話を聞いた。

昭和初期を最後に長く巡行が途絶えた大神輿。

令和に修復。

約九十年ぶりに復興巡行。

チーコは古写真を見ながら言った。

「九十年って、すごい」

「長いな」

「でも戻ってきた」

「神輿はな」

「十番稲荷も飯倉熊野も、帰る話だったね」

「ああ」

「麻布氷川も帰ってくる話がある」

「ただ、今回は少し違う」

「何が?」

「戻るためには、誰かが動いた」

修復した人。

復興を願った人。

担いだ人。

支援した人。

「待ってただけじゃ戻らない」

蒼井が言う。

チーコは向き合う狛犬を見た。

「勇気か」

「ああ」

「向き合う勇気」

蒼井はうなずいた。

「今回のタイトル、それでいいな」

「私たちの作品?」

「ああ」

「いいと思う」

しばらく二人は黙った。

チーコが言った。

「蒼井は、誰かに言えないままになってることある?」

蒼井が横を見る。

「急だな」

「今回の取材テーマ」

「チーコは?」

「先に聞いたの私」

「ずるいな」

「取材者の特権」

蒼井は少し考えた。

「ある」

チーコの心臓が一つ跳ねた。

「誰に?」

「言わない」

「何それ」

「まだ向き合う勇気がない」

「蒼井にもあるんだ」

「ああ」

「意外」

「俺を何だと思ってる」

「何でも冷静に決める人」

「そんな人間はいない」

チーコは少しだけ嬉しかった。

蒼井にも迷うことがある。

言えないことがある。

それが、自分に関係することなのか。

そこまでは聞けなかった。