第四章 向き合う勇気

村瀬はその日、勝守を返さなかった。
「もう一度だけ持って帰ります」
そう言った。
「五十年前と同じ使い方をします」
「自分に勝つ?」
「はい」
それから三週間。
麻布氷川神社の追加撮影の日。
チーコと蒼井は、再び向き合う狛犬の前にいた。
「村瀬さん、どうしたかな」
「連絡がなければ分からない」
「蒼井は気にならない?」
「気にはなる。ただ、本人の話だ」
「そういうところ大人」
「チーコも大人だ」
「年齢の話じゃない」
スマートフォンが震えた。
メール。
村瀬からだった。
《会いました》
その下に短い文章。
玲子と五十年ぶりに会った。
夫も一緒だった。
三人で昼食を食べた。
昔話をした。
「ありがとう」を伝えた。
玲子は笑って、
『それを言うのに五十年かかったの?』
と言った。
「いいなあ」
チーコは笑った。
最後に写真が添付されていた。
麻布氷川神社。
向き合う狛犬の前。
村瀬と玲子。
少し離れて玲子の夫。
三人とも笑っている。
「御守、返したって」
「そうか」
「新しい勝守も受けたって」
「何に勝つんだ」
「奥さんに、昔の話を全部する勇気だって」
蒼井が笑った。
「そっちのほうが大変そうだ」
チーコも笑った。