~宝船が消える夜~
第一章 七番出口、徒歩ゼロ分
都営大江戸線麻布十番駅、七番出口。
地上へ出たチーコは、目の前の鳥居を見上げて足を止めた。
「やっぱり近い」
「徒歩ゼロ分だからな」
後ろから蒼井が答えた。
「でも、徒歩ゼロ分って不思議な言葉よね。歩いてるのにゼロ分なのよ」
「時間表示として切り捨てられているだけだ」
「そういう正しい答えを求めてないの」
蒼井は黒いカメラバッグを肩に掛け直した。
その少し後ろから、佐久間とヤヨイが階段を上がってくる。
佐久間は一眼レフカメラのストラップを確認しながら、いつものように口数が少ない。
その横で、丸眼鏡のヤヨイが手帳を開いていた。
「七番出口から鳥居まで、成人男性の普通歩行で七秒でした」
「測ったの?」
チーコが振り返る。
「ロケ班の移動シミュレーションです」
「ヤヨイさん、真面目」
「チーコさんが不真面目なだけです」
「そんなことないわよ」
今度は近藤君とまゆみさんが、麻布十番商店街側から歩いてきた。
近藤君は紙袋を二つ持っている。
まゆみさんは、それを横目で見ながら呆れた顔をしていた。
「取材前に買う必要、ありました?」
「売り切れたら困ると思って」
近藤君が紙袋を掲げる。
甘い油の香りが漂った。
チーコの顔が輝く。
「かりんとうドーナツ!」
「やっぱり反応した」
まゆみさんが笑う。
「十番稲荷神社に来たら、これは必要です」
近藤君は自信満々だった。
蒼井が紙袋を見た。
「取材前に食べると、チーコは撮影を忘れる」
「忘れないわよ」
「過去に三回ある」
「三回だけでしょ」
「三回も、だ」
そのとき、全員のスマートフォンが同時に震えた。
オーナー兼バックオフィス担当、ケロからのグループメッセージだった。
《チームケロのみなさん、おはようございます。本日の企画は「港七福神と宝船の秘密」です。通常の取材に加え、十番稲荷神社に伝わる宝船、かえる、戦災を免れた狛犬について、それぞれ物語の種を拾ってください。なお、予算は増えません。》
「最後の一文、必要?」
チーコが画面を見ながら言った。
《必要です》
すぐに返信が来た。
「見てる」
「バックオフィスだからな」
蒼井が言う。
《それと、神社関係者から相談があります。詳しくは現地で》
全員の表情が少し変わった。
まゆみさんが首を傾げる。
「ただの取材じゃなさそうですね」
蒼井は鳥居の先を見上げた。
石段の右側では、大小二体のかえるが、朝の麻布十番を静かに見つめている。
反対側には、七福神を乗せた宝船。
その「宝」の文字が、冬の光を受けて淡く輝いていた。
「行こう」
蒼井の一言で、チームケロの一日が始まった。