第三章 重ならない風景
写真の背景には、鳥居の一部と社殿が写っていた。
しかし戦前と現在では、神社の位置も境内の形も異なる。
同じ構図を再現することはできない。
チーコは何度も場所を変えた。
石段の上。
鳥居の横。
狛犬の正面。
蒼井は古写真の遠近感を確認し、境内図をスマートフォンで調べる。
「ここじゃない」
「じゃあ、もう少し左」
「現在の境内では、その位置に立てない」
「建物の中?」
「おそらく」
千鶴子は申し訳なさそうに言った。
「無理なら、いいんです」
「まだ無理とは言ってません」
チーコは古写真を持ち、狛犬の周囲を歩いた。
同じ場所を再現することはできない。
ならば、同じ意味を持つ場所を探せばいい。
「千鶴子さん」
「はい」
「祖父母様は、写真のとき何を考えていたと思いますか」
千鶴子は驚いたように見た。
「分かりません」
「出征前だったんですよね」
「祖母は、祖父が必ず帰ると信じていたそうです」
「お祖父様は?」
「怖かったと思います。でも祖母には、すぐ帰ってくると言ったと」
チーコは大小二体のかえるを見た。
大きいかえると、小さいかえる。
同じ方向を向いている。
「ここで撮りませんか」
「狛犬ではなく?」
「狛犬も入れます。でも、お二人の写真をそのまま再現するのではなく、千鶴子さんが受け取った話を写したいんです」
蒼井が構図を見た。
鳥居の右側にかえる。
石段の上に狛犬。
千鶴子がその間に立てば、「帰る」という二つの象徴が一枚に収まる。
「悪くない」
蒼井が言った。
「悪くない、じゃなくて、いいでしょ」
「撮ってみなければ分からない」
「素直じゃない」
千鶴子は白い傘を閉じ、指定された位置へ立った。
チーコはカメラを構える。
「写真は持っていてください。胸の前ではなく、少し下へ」
千鶴子が古写真を両手で持つ。
「目線は、狛犬へ」
シャッターを切る。
雨上がりの石段。
かえる。
狛犬。
古い写真を持つ女性。
チーコは何枚か撮ったあと、カメラを下ろした。
「撮れました」
千鶴子が画面を確認する。
しばらく何も言わなかった。
やがて、目元を押さえた。
「祖母に見せたかった」
チーコは言葉を探した。
だが蒼井が先に言った。
「この写真は、祖母様が見られなかったものではありません」
千鶴子が顔を上げる。
「祖母様が残した話を、あなたがここまで連れてきた写真です」
千鶴子は画面をもう一度見た。
「そうですね」
小さく、しかしはっきりとうなずいた。