麻布十番稲荷神社・参拝長編ストーリー【チーコと蒼井の現代編】

十番稲荷神社、カエルさん前にて
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第二章 古い写真の女性

境内には、雨の日にも数人の参拝者がいた。

チーコはアジサイを撮影した。

石段の中央。

手水舎の水面。

濡れた狛犬。

鳥居の右側にいる大小二体のかえる。

「小さいほう、笑ってるみたい」

チーコが言う。

「石像だ」

「知ってる」

「表情は変わらない」

「見る人によって変わるのよ」

蒼井は映像カメラを構えた。

「今の言葉、使う」

「出演料を払って」

「予算にない」

「ケロみたいなことを言わないで」

二人が撮影を続けていると、一人の女性が石段を上ってきた。

六十代後半ほど。

白い傘を差し、胸元に古い写真を抱えている。

女性は拝殿で参拝を終えると、狛犬の前へ立った。

写真と狛犬を何度も見比べている。

チーコは気になったが、すぐには近づかなかった。

以前、蒼井に言われたことがある。

人には、写真にしないほうがいい瞬間もある。

そして、声をかけないほうがいい時間もある。

女性は長い間、狛犬を見ていた。

やがて石段を下りようとしたとき、写真を落とした。

チーコが拾う。

「落としました」

「ありがとう」

写真には、戦前の神社と、若い男女が写っていた。

男性は軍服姿。

女性は着物。

その足元に、現在のものとよく似た狛犬が見える。

「この神社ですか」

チーコが尋ねる。

女性は写真を見た。

「前身の末広神社だと聞いています」

「ご家族ですか」

「祖父と祖母です」

蒼井が近づいた。

「撮影された時期は分かりますか」

「昭和十二年頃です。祖父が出征する前に撮ったそうです」

「狛犬が奉納された頃と近いですね」

「ええ。祖母は、この狛犬が二人を見ていたと言っていました」

女性の名前は、三浦千鶴子といった。

祖父は戦地から帰ってきた。

しかし戦後、家族は麻布を離れた。

祖母は晩年まで、末広神社の狛犬がどうなったのか気にしていたという。

「戦時中、地中に埋められて助かったと知ったのは、祖母が亡くなったあとでした」

千鶴子は狛犬を見上げた。

「祖母に教えてあげたかった。二人を見ていた狛犬は、ちゃんと戻ってきたと」

チーコは写真と現在の狛犬を見比べた。

同じ狛犬かどうか、写真だけでは断定できない。

角度も違う。

画像も鮮明ではない。

「この写真を、同じ場所から撮れないでしょうか」

千鶴子が尋ねた。

「祖父母が立っていた場所に、私が立って」

チーコは境内を見回した。

「やってみましょう」