第三章 古い約束
少年の名前は高瀬悠斗。
高校二年生。
サッカー部のフォワードだった。
翌週、全国大会につながる大事な予選があるという。
「それで勝利祈願?」
近藤君が尋ねる。
悠斗はうなずいた。
「でも、その紙は?」
まゆみさんが聞く。
少年は少しためらった。
それから、古い神符を見せた。
熊野牛王神符。
紙は茶色く変色し、ところどころ擦れている。
裏には、墨で短く書かれていた。
《勝って帰る》
その下に、
《昭和十七年》
とある。
「誰のもの?」
チーコが聞く。
「ひいじいちゃんです」
少年は答えた。
曽祖父・高瀬隆吉。
戦時中、この近くに住んでいた。
出征前、飯倉熊野神社へ参拝し、この神符を受けたと家族に伝わっている。
「帰ってきたの?」
チーコが尋ねる。
悠斗は首を横へ振った。
「戦死したって聞いてます」
全員が少し黙った。
「じゃあ、どうして持ってるんです?」
ヤヨイが聞く。
「曾祖母がずっと持ってたらしいです。父から、この前渡されました」
「試合に勝つように?」
「違います」
悠斗は古い神符を見た。
「父は、これを神社に返してこいって」
「なのに返さなかった?」
蒼井が聞く。
少年はうなずいた。
「なんか、嫌だったんです」
「どうして?」
「負けたまま返すみたいで」
チーコの表情が変わった。
悠斗は現在、レギュラーではなかった。
去年までは試合に出ていた。
だが春に同学年の選手が急成長し、ポジションを奪われた。
次の予選も、おそらくベンチ。
「だから勝ちたい?」
近藤君が聞く。
「はい」
「チームが?」
悠斗は答えなかった。
蒼井がそこを見逃さなかった。
「自分が、か」
少年は唇を噛んだ。
「悪いですか」
「悪いとは言ってない」
「だったら」
「ただ、曽祖父の『勝って帰る』と、君の勝ちたいは、同じなのかなと思っただけだ」
悠斗は蒼井をにらむように見た。
「分かりませんよ、そんな昔の人のこと」
「そうだな」
蒼井はあっさり答えた。
「俺にも分からない」
チーコが蒼井を見る。
少年も少し意外そうだった。
蒼井は続けた。
「だから調べればいい」
佐久間が顔を上げた。
「資料が残っていれば、確認できます」
ヤヨイも手帳を開く。
「戦前の飯倉周辺、出征記録、氏子関係の資料」
近藤君が言った。
「地域の聞き取りもできますね」
まゆみさんが笑う。
「チームケロ、全員いるし」
チーコは悠斗へ言った。
「調べてみようか」
「どうしてそこまで」
「取材だから」
蒼井が横から言う。
「半分は好奇心だ」
「余計なこと言わない」
悠斗は六人を見た。
明らかに怪しい集団を見る顔だった。
無理もない。
カメラを持った女性。
映像機材を持った男性。
無口な調査担当。
眼鏡の女性。
妙に話しやすい男女。
そしてスマートフォンの向こうには、まだ顔も見ていないオーナーがいる。
「何なんですか、皆さん」
チーコは笑った。
「チームケロ」
「……余計分からないです」