第五章 名前のない写真
佐久間とヤヨイは、地域資料の中から一枚の古写真を見つけた。
昭和十七年頃。
飯倉周辺の出征兵を送る写真。
数人の男性と、見送りの家族。
写真の端に、
《高瀬隆吉》
と書かれている。
「本人ですね」
ヤヨイが言った。
佐久間は写真を拡大した。
隆吉の手に、何か小さな紙がある。
「牛王神符かもしれない」
「断定はできませんね」
「はい」
写真の裏には、別の筆跡で一文あった。
《隆吉は勝手ヶ原を通り、熊野へ》
「勝手ヶ原」
ヤヨイが反応する。
太田道灌が出陣・凱旋の際に軍勢を集めたと伝わる、赤羽橋付近の地名。
「道灌になぞらえた?」
「可能性はあります」
さらに資料を追うと、隆吉は近所の少年たちにサッカーに似た蹴球を教えていたという証言が見つかった。
まだ日本でサッカーが一般的とは言い難い時代。
勤務先に英国人関係者がいて、そこでボール競技を知ったらしい。
「これ、悠斗君につながりますね」
ヤヨイが言った。
「ただし、直接の証拠は薄い」
「佐久間さん、そこ絶対譲らないですね」
「譲ったら調査になりません」
ヤヨイは笑った。
「そこがいいんですけど」
佐久間は何も答えず、次の資料へ目を落とした。
耳だけ少し赤くなっていた。
第六章 帰ってきた人の話
近藤君とまゆみさんは、飯倉で長く商売をしている老人から話を聞いた。
「高瀬さん?」
老人は少し考えた。
「隆吉さん本人は知らないよ。俺が生まれる前だから。でも親父が話してた名前だ」
「どんな人だったんですか」
まゆみさんが聞く。
「子どもにボールを蹴らせてたって」
近藤君とまゆみさんが顔を見合わせる。
「サッカーですか」
「さあな。当時はそんな言い方しなかったんじゃないか。でも、蹴って遊ぶのが好きな人だったって」
「戦争からは?」
老人は首を横に振った。
「帰ってこなかった」
そこで話は終わるかと思った。
だが老人は続けた。
「ただ、弟は帰ってきた」
「弟?」
「名前は確か、隆二だった」
戦後。
弟の隆二が復員した。
兄の家族へ、兄の遺品を届けた。
その中に、熊野神社の札があったという。
「じゃあ神符は戦地まで持っていったんですか?」
「そう聞いた」
「戦地から戻った?」
「人は戻らなかったけど、札は戻った」
まゆみさんはその言葉を書き留めた。
人は戻らなかった。
でも札は戻った。
「弟さんは何か言っていたそうですか」
老人はしばらく考えた。
「兄貴は、勝つことより帰ることを気にしてた、って」
「どういう意味でしょう」
「分からんよ。親父から聞いた話だ」
ここでも断定はできない。
でも、一本の線が見え始めた。