飯倉熊野神社・長編ストーリー【チーコと蒼井の現代編】

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~必ず帰る~

第一章 八咫烏のいる鳥居

「蒼井、八咫烏って、道に迷わないのかな」

飯倉熊野神社の石鳥居を見上げながら、チーコが言った。

「鳥に聞け」

「映像クリエイターなんだから、それくらい考えてよ」

「職種と関係ない」

六月初旬。

例大祭を控えた境内には、いつもより少し華やかな空気が漂っていた。

チーコはデニムジャケットの袖を軽くまくり、一眼レフを構える。

蒼井は少し離れた位置で映像機材を準備していた。

道路を挟んだ向こうには、東京の街。

ビルの間から東京タワーが見える。

そして鳥居の向こうには、八咫烏。

「昔の人が見たら驚くかな」

「何に」

「神社の向こうに東京タワーが立ってること」

「昔の人、の範囲が広すぎる」

「太田道灌とか」

「驚くだろうな」

「どっちに?」

「東京タワーより、車の数に」

「そこ?」

チーコは笑いながらシャッターを切った。

今回の取材テーマは、飯倉熊野神社の「導き」。

熊野の神使、八咫烏。

サッカー御守。

太田道灌の戦勝祈願。

恵比寿太田稲荷社に伝わる鯛の奉納。

そして熊野牛王神符。

調べれば調べるほど、「勝つ」という言葉より、「帰る」という言葉のほうが、この神社には似合うようにチーコには感じられていた。

出陣する。

勝つ。

帰ってくる。

感謝する。

それは一続きの物語だからだ。

「蒼井」

「何だ」

「勝つのと帰るの、どっちが大事?」

「条件による」

「また正しい答え」

「間違った答えを求めるな」

「戦に行ったとしたら」

蒼井が顔を上げる。

「帰ることだな」

「即答」

「勝って帰れないより、負けても生きて帰るほうがいい場合はある」

「太田道灌も、そう思ったかな」

「分からない」

蒼井はいつものように、分からないことを分かったふりはしなかった。

チーコはそういうところが好きだった。

好き、という言葉を自分の中で使ってしまったことに気づき、慌ててカメラを構え直す。

「何してる」

「撮ってるの」

「顔が赤い」

「暑いから」

「二十三度だぞ」

「動いてるから!」

シャッター音が妙に大きく聞こえた。