飯倉熊野神社・長編ストーリー【チーコと蒼井の現代編】

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第六章 名前を借りた理由

答えは、門司の古い寺に残された過去帳と手紙から見つかった。

征一は終戦後、復員していた。

しかし正式な書類を失い、さらに戦時中の混乱で自分自身が戦死扱いになっていることを知った。

一方、兄の隆一も戦死。

家族へ戻ることも考えたが、

「自分だけが帰った」

という罪悪感に耐えられなかったらしい。

門司で世話になった人物へ残した手紙に、こう書かれていた。

《兄は帰ると言っていた。兄の代わりに帰ることはできない。》

そこで征一は、一時期「隆一」という名を使って働いた。

兄の名を消したくなかったのではないか。

それは推測だった。

だが手紙の最後には、

《飯倉の熊野に、兄の札がある。いつか返したい》

とあった。

「牛王神符」

チーコが言う。

蒼井はうなずく。

しかし、征一も東京へ帰ることはなかった。

門司で家庭を持ち、昭和五十年代に亡くなっていた。

手紙を保管していた人物の子孫が、十年前に岡崎家を探し、写真だけを送った。

事情をすべて説明できる資料が整理されたのは最近だった。

「つまり」

岡崎正夫は古い神符を手に言った。

「父は約束を破ったんじゃなかった」

「はい」

蒼井が答えた。

「帰ろうとして、帰れなかった」

チーコが続ける。

岡崎は目を閉じた。

「弟は、兄の代わりには帰れないと思った」

長い沈黙。

「馬鹿な兄弟だ」

老人は笑った。

少しだけ泣きながら。

「家族は、生きて帰ってくれればよかったのに」