~向き合う勇気~
第一章 一本松から始めよう

「どうして神社に行くのに、神社じゃないところで待ち合わせなの?」
麻布十番駅を出てから十分ほど。
チーコは一本松坂を上りながら、前を歩く蒼井へ聞いた。
「Story_Researchに書いただろう」
「何を?」
「麻布氷川神社は、かつて一本松付近にあったと伝わっている」
「知ってる」
「なら、昔の場所から現在の場所へ歩く」
「ロケ構成?」
「ああ」
「なるほど」
チーコは急に立ち止まった。
「じゃあ、ここから撮る」
「言うと思った」
「昔、神社があったかもしれない場所から、今の神社へ向かう人の目線」
「人は入れるのか」
「蒼井」
「また俺か」
「他にいないもの」
「今日は二人だからな」
蒼井は言われた位置へ立った。
チーコはしゃがみ込み、坂道を大きく入れてシャッターを切る。
大学を卒業してから何年も経つ。
仕事で何度も一緒に撮影した。
それなのに、チーコがレンズ越しに蒼井を見ると、ときどき大学時代の彼が重なって見える。
カメラバッグを持ってくれるところ。
チーコが撮り終えるまで黙って待つところ。
時間を気にしながら、結局は急かさないところ。
変わらない。
でも、変わっている。
「どうした」
「何でもない」
「撮らないのか」
「撮る」
シャッター。
「よし。行こう」
二人は坂を上り、現在の麻布氷川神社へ向かった。
鳥居をくぐる。
拝殿。
御神木。
境内社。
そして、向き合う二体の狛犬。
チーコは足を止めた。
「やっぱり不思議」
「前にも言ってたな」
「普通の狛犬って、参道とか外を見てる感じがするでしょう」
「ああ」
「ここの二体は、お互いを見てるみたい」
「見つめ合ってるんじゃないのか」
チーコは蒼井を見る。
「また言った」
「何が」
「見つめ合ってるって」
「前にも言ったのか」
「言った」
「覚えてない」
「私は覚えてる」
「写真家は記録にうるさいな」
「そういう問題じゃない」
蒼井は笑った。
「今日は、この狛犬を軸にする」
「どうして?」
「テーマが『向き合う勇気』だから」
「誰と向き合うの?」
「取材してから決める」
「決まってないの?」
「最初から答えが決まっていたら、取材じゃない」
「たまに、すごく正しいこと言うよね」
「たまに、は余計だ」